「マスター、ちょっと暇くれない?」

例のバーのいつもの席で、彼女は悪びれもせず言ってのけた。
当然顔をしかめた彼である。
彼女が正式なマネーハンターになって以来、彼女の依頼数はそれこそ鰻上がりに増えており、先日も新規の顧客を大量にこさえてきたばかりだった。

「・・・あの男とデートだっつんなら」
「それはないから安心していいわ」

黒い笑顔で言い切った彼女である。
どういう経路で情報が漏れているのか――おそらくあのゾルディック家長男あたりからだろうが――しらないが、自分とクロロが世間一般で言うところの"恋人"という括りであると、いつの間にか彼に知られてしまっていた。
だがこのマスターやはりただの仲介人ではなく「いいカモ引っ掛けたな。ああ、クモか」などと、おどけている始末だ。
いい加減頭の痛い彼女だった。

「まぁでも・・・そうね、彼と関係なくはないけど・・・」
「依頼なのか」
「そんなところね。もしマスターがだめっていうなら、マスターを通して依頼するように言うわよ」
「いや、いい・・・まあ、どこにいるのかぐらいは教えておいてもらいたいものだがな」

彼女は厳しい彼の顔をじっと見つめてから、その形の良い唇をニッと吊り上げた。

「天空闘技場の、200階よ」



















話は先月、やっと冬の寒さが薄れてきた頃のことだ。
もう何度訪れたか知れないその廃屋の居間で、は憮然とした表情で座っていた。
合い向かいの席にはクロロ、その隣にはシャルナーク。そしての隣にはマチが座っている。

「だからって、マチにやらせることはないでしょ」
「だけど、マチが一番身軽だし、ね?」
「その胡散臭い笑顔やめてくれない? 誰かの粘っこい笑みと同じぐらい気持ち悪いわ」

シャルナークの表情がピシッと固まった。
思わず噴出したクロロとマチを睨んでから、彼はその張り付いた笑顔を取り払って「はぁ」とこれ見よがしにため息をつく。

「だったら、君がやるかい?」
「ええ、も」
「それはだ」
「クロロは黙っててくれないかしらね?」

真っ黒な笑みを向けられた彼は、二の次をつぐことが出来ない。
見かねたマチが「やっぱり私が」というのだが、はそれを目で制してシャルナークを見やった。

「ヒソカの監視は私がやるわ。もちろんマチにもきてもらうけど、それは援護としてよ」

ヒソカの監視は特にが進言したことではなかったのだが、如何せんあの風貌であるがゆえに強いとは言えどやはりあまり信用はされていないらしい。―――まあ、それで大正解なのだが。
それを知っている彼女にとって見れば、彼の動きのわかる自分がいったほうが彼らのためであるし、ひいてはクロロのためになる。
原作は段々と崩れてきている節があるし、不安要素は少しでもない方がいいだろう。
それに、どうせなら天空闘技場でゴンを見て癒されたいという不純な願いもある。

「8月31日のヨークシンシティ入りまでって約束するわ」

彼女はちょっと困ったように笑って、クロロを見た。
シャルナークとマチが見守る中、彼らのトップである男はため息をついて、ゆるゆると両手を挙げて降参する。
ニコッと、勝ち誇ったように笑う彼女にしかし、彼は釘を打ち付けた。

「8月30日には帰って来い。9月1日からの予定はすでにマスターへ依頼してある」
「・・・いつのまに・・・」

彼とて幻影旅団の団長。その辺は抜かりなかったのである。
























「あれ?」

少年はそのテレビに映し出された女性に目を疑った。
だがしかし見れば見るほどそれは知り合いの姿にそっくり――というか、本人のようだ。
少年は隣で飴をぺロペロやってる友達の袖をつんつんと引っ張る。

「キルア、あれ」
「んぁ? なんだよ100階の試・・・って!」

猫目の少年は瞳を極限にまで広げてから、半歩だけ下がった。
もう随分と昔のように感じていたが、彼女にヤラレた恐怖は早々消えるものではない。
そんな猫目少年の様子に黒髪の少年はキョトンとしてから「お姉さんも来てたんだね」とつぶやいた。

「って、あいつマネーハンターになったんじゃねーのかよ」
「あ、そういえばそうだね」

彼女はもともとアマチュアのハンターとして仕事を請け負っていたらしい――"ブラッドウルフ"の名前で検索をかけたら、おびただしい数の【情報もとむ!】がヒットしたのは記憶に新しい――し、彼女の実力を考えると廃業したというのは考えられない。
・・・と、言うことは何か理由でもあるのだろうか。

「それ録画よ」
「あ、そうなんだ、じゃあお姉さんはいま何か、い?」

その声に少年たちはゆっくりと振り向いた。
振り向いたその目の前に彼女のニッコリと笑った顔を見つけたとき、思わず「うわ、でた!!」とキルアが叫んでしまったのは致し方ないことだと思う。

「何よご挨拶ね。ゴンにキルアくん、久しぶり」
「うん、お姉さん元気だった?」

屈託なく笑う少年に、ああん癒し、癒しよ!私はコレを求めてた!!癒されるー!!と内心デレデレしながら「ええ、元気よ」と受け答える。
その癒し少年の横で飴を持ちながら随分と警戒心を強めてソワソワしている猫目の少年を、彼女はじっと見つめてから、思わず―――抱きついた。

「うぉあ!?」
「あ、ごめん、つい」

いろんな穴からいろんな汁が出そうになってる少年に思わず笑って「今何階なの?」とたずねる。
精神的ダメージを少なからず負ったキルアを少しかわいそうに思いながら、ゴンは「190階だよ」と答えた。
彼女は「そうなの」といいながら内心ホッとしていた。
おそらく明日ないし明後日には200階へ昇るであろう彼らとは、対戦をしたくないのだ。
今の自分の目的はあの鬼畜ピエロの監視であって、彼らとの勝負ではない。

「お姉さんは何階?」
「今? 180階よ」
「ちょっとまてよ! アンタ俺らより随分跡に来ただろ! 何でそんな早ぇんだよ!」

どうやらダメージから立ち直ったらしいキルアのおでこにデコピンを食らわしながら、彼女は笑った。

「私が強いからに決まってるじゃないの」
「うっわ、ムカつく!」
「そう思うなら早く200階へいきなさいな」



―――・・・そして、念を覚えていらっしゃい。



彼女はもう一度笑って「人を待たせてるから、もう行くわ」と彼らに背をむける。

「あ、うん・・・あ!お姉さん今度試合応援しに行くよ!」
「あら、嬉しいわ。是非来て頂戴」
「判った!・・・また"ブラッドウルフ"で登録してる?」

小首をかしげる少年の頭をふわりと撫でて、彼女はおかしそうに笑った。
そういえば、この子達には名乗っていなかった、と。

「いいえ、本名で登録したの」
「そう、なんだ。・・・お姉さんの名前は?」

夜色の瞳が、まっすぐに自分を見つめている。
変わらないその瞳の奥に、無数の光を見た気がして、彼女は嘆息した。

よ」
、さん」
「さんは要らないわ」
、だね。うん、お姉さんみたいに綺麗な名前!」

本当にこの少年は、希望に満ち溢れていると。

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