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―――・・・、どうして。
ああまたか、と彼女は顔をしかめた。
―――・・・戻ってきて。
嗚咽交じりの母の声は、日に日に暗い影を落としていく。
心の中で何度謝ってもその声は止まず、瞼は思ったように開かず。
―――・・・お願いよ。
そのくぐもった声で、母が泣いているとわかっているのに、慰めることも適わず。
―――・・・お願い、よ・・・
かあさん、ごめん、ごめんなさい。
きっと、きっと、明日には瞼をあけて。
きっと、きっと、明後日には唇に言の葉を。
そして、それから、貴女の瞳に浮かぶ涙を、この手のひらですくうから。
そしたら、クロロと会えなくなるのに?
誰かの―――・・・自分の、声がした。
「?」
やさしく呼ぶ声に薄く目を開けると、ベッド脇に腰掛ける彼の姿があった。
彼の温かい手のひらが自分の頬をしきりに触っているのはきっと、頬が涙でぬれているから。
変なところを見られてしまったな、と彼女は薄く笑った。
「どうしたの、クロロ、くるなんて一言もいってなかったじゃない」
「・・・お前とヒソカが一緒にいるのは、どうにも気に入らない」
彼女は「ぶっ」とかわいげもなく噴出した。
そのままのどの奥でクツクツと笑う。
時々素直すぎるこの子供みたいな男がかわいく見えてしまうのは、もう末期症状に違いなかった。
彼女は笑ったまま、涙を拭う彼の手に自分の手を重ねて唇を開く。
「そんなに心配しないでよ、私は頼りないかしら?」
「・・・ときどき」
男はその黒く透き通った瞳で真っ直ぐ彼女を見つめた。
「ときどき、お前が消えてしまうような気がする」
深く吸い込まれそうなその瞳の奥で、いくばくかの不安が揺れいてる。
彼女は深く淀んだ緑の瞳でそれを見つめてから、ゆっくりと上半身を起こし彼の首に手を伸ばして、自分に引き寄せた。
彼はなされるがまま、彼女の腕の中に頭を預ける。
トクトクと流れる血潮の音を聞きながら、瞼を下ろした。
「消えないわ」
かあさん、ごめん、ごめんなさい。
「だから、そんな不安そうな目、しないでよ」
きっと、きっと、明日には瞼をあけて。
「俺はそんな顔してたか?」
きっと、きっと、明後日には唇に言の葉を。
「してた」
そして、それから、貴女の瞳に浮かぶ涙を、この手のひらですくうから。
「そうか・・・。末期だな」
腕の中で笑う男は「そういえば」と時計を指差す。
「試合の30分前だが?」
「もっと早く言えバカ!!」
かあさん、ごめん、ごめんなさい。
きっと、きっと、明日もまた瞼をあけられない。
きっと、きっと、明後日もまた唇に言の葉を乗せられない。
そして、それから、貴女の瞳に浮かぶ涙を、この手のひらですくうことは、できない。
まだ今は、このままで。
このままで、いさせて・・・―――。
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