「・・・っ!!!」

彼女はガバッと布団を跳ね除けた。
心臓はバクバクと高鳴っており、あの衝撃がものすごかったことを物語っている。
彼女は自分を落ち着けようと息を吐いて、周りを見渡した。
ひびの入ったガラス窓、埃くさいベッド、半壊した天井。
カレンダー機能付き時計は9月4日19時23分を指している――どうやら多少の誤差は出ているようだが成功したようだ。
軽く息を吐いて、彼女はベッドから降りた。
気配を探ると1階の広場に既に全員戻ってきている。
彼女は急いで着替えて顔を洗い、1階へ降りていった。


















!」

彼女は目視でゴンを確認したが、少年の声には答えなかった。

「あ?・・・って、、お前知り合いかよ」

訝しげに聞いてきたノブナガには「ハンター試験の同期」とだけ答える。
腕時計は既に19時半を指していた。
時間がない。

「説明は後にして! 悪いけどその子供もらってくわよ!!」
「ちょ、おい!!」

フィンクスが肩を握ってきたがそれを力ずくで振りほどいて、彼女は鎖でつながれている少年2人を【束縛からの解放―フェンリル―】でといてやり、それと同時に小脇に抱えた。
あまりの早業に抵抗できない少年をいいことに、彼女は愛用の鉄線で彼らを一まとめにまとめて―ここで初めて「痛い!!」と抵抗があったのだが彼女はそれを無視して力ずくで強行した―少し大きくした紅い狼の上に乗せる。
彼女も少年たちの後ろ腰掛け、まさに目にも留まらぬ速さで空港へと飛び出した。


――――・・・お願い、間に合って!!




















・・・」

ゴンは雨の降りしきる中、ずっと前を見据えている彼女を振り返った。
彼女の瞳は怖いぐらいに真剣で、少年の口はそれ以上の言葉をつむげなくなる。
それを見かねたように、キルアが口を開いた。

は、幻影旅団なのか」
「・・・ちがうわ」
「じ」
「っじゃあ!!じゃあなんで!?何であいつらなんかに」
「ゴン」

見つめてきたその暗く淀んだ緑の瞳に、夜色の瞳の少年は怯んだ。

「一途なところはあなたの長所であり、短所よ。あなたの価値観と、クラピカの価値観、それから私の価値観は違う。・・・それは判るわね」
「・・・判んない、よ」
「ゴン」
「・・・判るわけないよ、だって!だってあいつらのしてきたことは」
「強盗、殺人、脅迫、拷問。死刑で賄いきれないほどの罪を犯してきてるわね」
「・・・」
「違うのよ、ゴン。あなたと蜘蛛の、根本がもう違うの」
「・・・」
「あなたはずっと、明るいところを歩いてきてる。これからも、ずっとそうよ」

キルアがハッとした顔をして見せたが、はあえて見ないことにした。

「でもね、ゴン。彼らはずっと闇の中をうごめいてきた人たちだから、彼らの正義とあなたの正義が違って当然なのよ」
「・・・正義」
「そう、正義。何が正しくて何が間違っていて、何が良くて何が悪いのか。その定義がもう根本から違うのよ」
、は」

夜色の瞳の少年は、その澄んだ瞳の奥に無数の光をキラキラと灯しながら、彼女を見つめる。

の正義は、どこにあるの」

彼女は答えずに、ただ微笑んだ。



























彼女はたった今離陸した飛行船のドアを、少年たちを先ほどまで縛っていたその鉄線でもってして切り刻み、クラピカの目の前に現れた。
風と雨がやんだことで張り付くその緑を帯びた長い黒髪をザッと後ろに撫で付けて、彼女は無言のまま少年たちを下ろす。――一拍の間もおかず彼女は何が起こっているのか把握しきれていないクラピカの喉元に狙いを定め【束縛からの解放―フェンリル―】を仕掛けた。
いち早く衝撃から立ち直ったクロロが、その黒く透き通った瞳を見開いて叫ぶ。

「だめだ!!お前!!!それでそいつを」

彼女はしかし、その叫びを自分の声でさえぎった。









「かの緋の目の一族の末裔クラピカ!! 私はこの者を【束縛】しているすべての"思い"から【解放】する!!」









その瞬間、その紅い狼が彼の喉元に喰らい付き、彼の中に解けて消えた。
同時にクラピカもその場に倒れこむ。
どうやら意識を失ったらしい―――・・・きっと、次に目覚めたときには、何も覚えていないだろう。
ただ、どうやらこの念はあまり完璧ではないらしいから、本当に忘れているかどうかは判らな―――・・・。

「・・・グッ」

彼女は襲ってきた痛みに胸を押さえた。
心臓が、不規則に波打っているのが判る。
クラピカの戒めが解けて動けるようになったのか、クロロが彼女の肩を持ち、その場で仰向けに寝かせた。
やっと衝撃から抜けたらしいキルアとゴンとセンリツは、クラピカを介抱している。

・・・おい、!」
「・・・ふ、ぅ・・・ガハッ!!」

吐き出したのは、赤。
まるで血液が逆流しているようだ、と彼女はだんだんと霞んで行く視界を見ながらどこか人事のように考えていた。

!!」
「・・・だ、い、じょ」
「大丈夫じゃないでしょう!? なぜ・・・? なんでこんな・・・」

彼女は泣いているパクノダをその霞む視界でみてから、口の端だけで不適に笑って見せる。

「き、まっ・・・る、しょ。わた・・・の、せ・・・」
「わかった、わかったから、もう・・・もうしゃべるな!!」

珍しくあせっている彼に彼女はまた笑う。
笑ってからそのたどたどしい口調で「クロロ、抱きしめて」と口にした。
彼はその顔を泣きそうにゆがめて、彼女を抱きしめる。

「クロロ、私、あなたと会えて、よかったわ」
「ああ、俺もだ」
「私ね、初めてあなたに会ったとき、これで死ねるとおもったのよ」
「・・・」
「だって私、人を殺してきたんですもの。・・・死にたかったわ」
「・・・」
「生きていく理由なんてなかったわ。ただ、どうしてもお腹がすくのが嫌で、依頼をうけてたの」
「・・・
「でもね、あなたに会って・・・あなたに、愛して、もらえて・・・から、生きる理由が、できたのよ」
「わかった・・・、だからもう・・・頼む、お願いだから・・・」
「私、あなたが、好きよ」
「ああ」
「ねぇ・・・クロロ」

彼女の指が―――自らの血に染まった指が、彼の肩にそっと置かれた指が、震えている。
























「クロロ・・・あいしてる」



























彼女の意識は、そこで途切れた。




















―――――・・・



















だれかのこえがきこえる。

だれのこえ?

おかあさん?

ずっとまえにしんだ、おとうさん?













それとも・・・―――――――――――。

















彼女はその瞳を、薄く開いた。


End

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