響くピアノの音はどこか寂しく、切ない。
けれども胸に響かないのは、その音がピアノだからだ。
前はよくピアノを弾いたものだけど、ある事件がきっかけでピアノが嫌いになってしまった俺にとっては、どんな音色も不快な音でしかない。

―――・・・あれ。

ちょっとまて。
俺の部屋にピアノはない。
では、この音は、何だ。

「・・・っ」

まぶたを押し上げて、ベッドから起き上がる。
起き上がった瞬間にわき腹がズクリと疼いた。

―――・・・ああ、そうか。

猫だ。オレンジ色の、キジトラの猫を柄にもなく車から助けて(きっと10代目ならそうすると思ったら、体が勝手に動いた。まったく笑えない話だ)・・・助けて、どうしたんだろう。どこか打ったんだろうか。まあ確実にわき腹は打撲してるっぽいけどな。
俺は視線だけでぐるりと部屋を見渡した。
白い壁紙の、フローリングの6畳間。
きしむスプリングの音は聞いたことのない、どちらかといえば安物のベッド。
明らかに病院じゃない。どこかの民家もしくはそれに順ずるアパートかマンション、その一室。

「・・・」

相変わらず切ないピアノの音はやまない。
どうやら隣の部屋から聞こえてくるその音を追って、俺はベッドから抜け出し廊下へ出た。
廊下に出れば音は溢れんばかりに広がって、その音が廊下をまっすぐいったドアが開けっ放しになってる部屋(きっとリビングダイニングだろう)から流れてくることがわかる。

「・・・」

俺は無言でその部屋に向かい、そして軽く息を呑んだ。
溢れてくる切なくも悲しい音の洪水と、肩口でゆれる亜麻色の髪。
袖なしの服をまとった彼女の右肩には紫の蝶の刺青が、ヒラヒラと揺れていた。
その彼女の足元に、オレンジ色の塊・・・あの猫だ。
猫は俺の足音に気づいたのかピクリと耳だけを起用にも動かしてくるりとこちらを振り向いて「なぅ」と、まるで「やっと起きたの」とでも言いたげに鳴く。その声とともにその音の洪水もふっと掻き消え、亜麻色の髪の彼女はこちらを振り向いた。

「よかった。目、覚めて」
「・・・ああ」

彼女はピアノの椅子から立ち上がって、俺の真正面にまで来てからふわりと笑った。
その彼女の足元でオレンジ色の猫が「なう」と鳴く。

「見てたよ、この子助けるところ。ごめんね、ちゃんと病院つれていきたかったんだけど・・・」

そういって一瞬だけ顔をこわばらせた彼女は「病院って苦手だから」と笑った。

「わき腹、ものすごい青あざになってたけど、他に傷はないみたいだったから・・・あとでシップ貼ってあげるね」
「いらねぇ」

いってから彼女の悲しそうな顔を見て、しまった、とおもう。
別にそんな顔をさせるつもりでいったわけではなかったのに。
最近遠慮がだんだんとなくなってきた10代目に「獄寺くんは語彙が足りない」といわれたのは本当につい先日のことだ。
俺は視線をちょっとさまよわせてからおもむろに口を開いて「別に、このぐらい大した事ねぇ」と、我ながら不遜な言い回しで弁解した。
彼女は2,3度パチパチと瞬きをして(まつげまで亜麻色だった)「そっか」と笑ってくれた。
その笑顔になぜだかグッと息を詰まらせてしまった俺は、そのまま踵を返して廊下の先、玄関を見据える。

何だろう。
どうしたというのか、彼女の笑顔とあの切ないピアノの音が、頭から離れない。

「かえるの?」

背中にかかった彼女の声が、俺の襟足の長い銀髪を引っ張っている気がした。

「・・・獄寺」
「え?」
「俺は獄寺隼人」

突然名乗った俺に彼女は面食らったのか、一瞬の無言の後軽く笑った気配がして「」と彼女は口にする。

「私は。いつでもきていいからね。獄寺くん」

 

―――・・・獄寺くん。

 

10代目と一緒の呼び方だというのに、なぜか彼女の声は頭に残った。


のりぴー feat.鏡音レン:右肩の蝶