彼女はスッと息を潜め、木立の影に隠れた。
目の前にいるのは大仰な槍をもつ髭の男。彼女のターゲットである。
そしてもう一人――顔中に針をさした男・・・彼女は内心むせび泣いた。曰く、やっぱりドリーム小説だ、と。

 

 







「・・・」

時は数時間前にさかのぼる。
4次試験のターゲット決めの際のことだ。ゴンがヒソカを引き当てたその横で、彼女は困惑していた。
手元には【371】の文字――・・・一体誰だ。
当然のことながらそのときには既に皆プレートをどこかしらに隠していたし――彼女は特に気にした様子も無く堂々と胸にプレートをつけていたが――自分の覚えている限りで、300番台はあの針を顔中にさしまくっている猫目少年の兄だけだ。しかし彼は【301】・・・まったく違う。
そんな途方にくれた彼女の袖口をひっぱる者が1人――・・・ゴンである。

「お姉さん」
「ん、どうしたの?」

遠くでなにやらレオリオが「おい、ゴン!」と叫んでいるが、彼は特に気にした様子も無い。
いいのかな、と思いつつも袖口を持ったままの少年の、その不思議そうに見上げてくるどこまでも深い闇色の――それでいてまったく暗い光はともっていない、純真でまっすぐとした瞳に胸がきゅんきゅんしてしまいつい、デレッとなりそうになる顔を何とか保つ。

「お姉さんは何番ひいたの?」
「私?」

どうやら少年は彼女の引いた番号が気になるようだった。
彼女はどうしてだろうと思いつつ彼の耳にそっと「【371】よ」と告げる。
少年は一瞬考えをめぐらせて「・・・だれだろ?」と難しそうな顔をした。どうやら彼も知らないようである。
その間もレオリオと・・・加えてクラピカまでが「ゴン、早くこっちこい!」と声を張り上げていた。
まったく嫌われたものだ――おそらく3次試験のお洋服半分血染め事件が原因だろうが、この世界で流血沙汰など今に始まったことではないし、彼女からすれば「何を偽善者ぶって」と憤慨ものだが彼らはまだこの世界の闇を半分も知らない"まだ始まったばかりの存在"なのだから、あながち偽善ではなくて本当の善意なのだろうと苦笑すれば、少年はニコッと笑って「じゃあ」と片手を挙げる。

「最終試験で、お姉さん」
「あ、うん。ゴンくんもね」

言うと彼はちょっとくすぐったそうな顔をして「呼び捨てでいいよ」と笑った。
か・・・かわいすぎる!!ああん抱きしめたい!!いますぐ、この場で、ぎゅってしたい!!
という心の叫びを引っ込めながら、ニコッと笑い返して保護者(?)の元へ帰っていく彼に手を振った。

そして、冒頭へもどるのである。

 

 

 





未だ彼らのにらみ合いは続いており――おそらく針顔の彼は相手が向かってくるのを待っている状態だろう――彼女はちょっとばかりイライラしてきた。
曖昧な記憶ではあるが、あの長槍の髭男は致命傷を負いながらも針顔の彼の気まぐれで、かのピエロの元へと向かうはずである。――と、彼女のイライラがもうすぐ沸点に達するというときに、長槍の男は動いた。
ブンッと大きく空気の切れる音がして、男は長槍を振り回す。
なるほど、たしかに彼は長槍を自分の手足のように使う達人のようだ・・・だが、と彼女は鋭い眼光を針男へ向けた。
彼女の動体視力をもってしてもはっきりとは捕らえることができなかったが、針男はその場からまったく動いて
いない様に見えてその実、長槍を鮮やかに掻い潜り彼にあのナイフよりも鋭い爪を食らわせている。
その数、コンマ数秒でおよそ6回。
長槍の男は自分が何をされたか判らなかったのだろう「面妖な・・・っ」と傷口を押さえてひざを折った。
その言葉に針男はわずかにその奇怪な顔をゆがめ、その手に針をもつ。

「ま、まて!」

長槍の彼はカッと目を見開き「この命、あいつと戦うまでお前にやることはできん」と傍から聞いたらこの期に
及んで命乞いか、とでも聞きたくなるような事を唇に乗せた。
だがしかし、針顔の彼はその手を甚く素直におろし、別の方向を向く。
行け、ということらしい。

「かたじけない・・・っ」

男は自分の体力があまり持たないと感じたのか、すぐさま――といってもかなりふらついていたが、その場を
離れていった。そう、気配だけはわかりやすい彼の元へいくために。

「・・・っ」

彼女は突然飛んできた嫌な気配に後ろへ飛び退った。
先ほどまでいた木の影には針が刺さっている。
・・・どうやらイライラしていたときに気配がもれてしまったらしい。
らしくない失態に彼女は舌打ちした。

「・・・カタカタカタ」
「やめてよその笑い方・・・気味が悪いったらないわ」

さらに飛んでくる針を鉄線で払いのけながらにらんでやると、彼は急にその笑いをやめて喉でクツクツ笑いだす。
いぶかしく思った彼女は「あ」と小さく声を上げた。
そういえば――と、思い出したのだ。自分は彼の依頼を受けたことがあった。
お互いの顔を公表しないという約束で――はっきり言って殺し屋の顔なんてそのときは興味なかったものだから彼と面識があったなんてすっかり忘れてしまっていたのだが――お互い顔をあわせて情報と金を交換している。
もちろんこの針顔ではなくて、素顔の彼であるが。

「気づいた?」
「・・・だったら、なんなの」

彼女はその深く闇の濃い緑の瞳で彼を射抜いた。
それに動じた風でもない針顔の彼は「この顔、ぜんぜん動かせなくて困るね」なんて思ってもいないことを呟い
てからカードのようなものを投げてよこす。
そのカードに見覚えのある彼女は、思わず顔をしかめた。

「俺の依頼を受けてくれたら、さっきの彼あげるよ?」
「・・・」

暗に「ターゲットなんだろ」と言っている彼をもう一度睨んでから、深く息を吐く。
チラッとカードを見た限りでは情報収集のようだが・・・。

「これと瀕死の彼を交換? まさかそれだけなんて言わないわよね?」

言外に金もよこせという彼女に、彼は肩をすくめた。
・・・素顔の彼がやったらかわいいしぐさなのだが、いかんせん今の彼では気持ち悪いことこの上ない。

「そんなに難しくないだろ」
「難しいとか難しくないとかそんなんじゃないわよ。これはビジネス、でしょう?」
「・・・いいよ、彼に加えて500でどう」
「いいわ。でも現金よ。それしか受け付けない」
「・・・」
「今回は仲介人がいないから仲介料は発生しないけど、私はあなたに口座を教えたくないの。おわかり?」

口座を教えてその後に「口座にもうお金振り込んじゃったから、その依頼よろしく」なんていわれるのは
真っ平である。
その意図を汲んでか汲まずしてか、思わずついてしまったらしいため息を彼は隠しもせず、だが首は縦に振った。彼女はそれに満足して「じゃあ」と彼の胸ポケットを指差しニッコリ笑う。

「あの鬼畜ピエロに今すぐ電話して。彼を殺ってもいいけどプレートは"ブラッドウルフ"にあげて、って」

抜かりない彼女であった。

 

 


「・・・あ、俺だけど」
『ああ、どうした?』

彼女が完全にその姿を消した後で、彼はもう一度電話口に立った。
コール4回で出た相手は彼女に依頼した依頼を自分に取り付けた相手であり、彼のお得意先である。

「現金700万、新たに追加ね」
『・・・キャッシュか』
「当然」
『本当に700か』
「500は彼女に、200は追加の迷惑料」
『・・・』

盛大な舌打ちが聞こえてきたのだが、このお得意先が必ず払うのは判っていたので特に気にしない。

「当然じゃない。数少ない俺の貴重な情報源をあげるわけだから」
『・・・それは、すまない』
「いいけどね」

電話口の向こうで「団長、そろそろ行こうー」と若い男の声に気づいて、針顔の彼は「じゃあ、また」
とその電話をきった。

確実に近づく蜘蛛の足音に、彼女はまだ気づいていない。

BackNext