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「ですから、彼の合格は・・・」
彼女はどこかボーッと事の成り行きを見ていた。
まるで大学のようなつくりの部屋だと原作を読んでいるときも思ったが、声の通りもなかなかよろしい、とどうでもいいことを考える。
あの後、やはりキルアは兄に脅迫まがいの説得をされ、レオリオの対戦相手を殺して出て行った。
なんとなく見やった会長の手元には【じゃから、試験に私情は挟んでほしくないといっておろうが】と書いてあって、ヒソカの手元には【いいねぇ、彼・・・まだ青いトコロが】。
ちなみに彼女の手元には【いい加減念で会話するのやめませんか】と書かれていた。
一番最初に始めたはずの猫目兄はそ知らぬふりである。
そして、このレオリオとクラピカを中心とする論争が始まったわけだ。
いい加減辟易してきた彼女は首をひねて窓の外をみる。
真っ青に広がった空には小鳥が二匹、じゃれ合いながら飛んでいた。
小鳥さん小鳥さん、私も混ぜてほしいなあ――・・・彼女の思考は、完全に病んでいる。
バァンッ!
大きな音にびっくりして彼女は振り向いた。
右手の痛々しいゴンが、その夜色にキラキラと光る瞳を怒りの炎で染め上げてこちらを睨んでいる。
こちら、というよりは猫目兄といった方が正確かもしれない。
怒りに肩を震わせる少年はそのまま、ひどくゆっくりとした動作でかの兄の隣へ移動する。
お互いの視線をじっくりとあわせた後、少年はわなわなと震える唇を動かした。
「キルアに謝れ」
開口一番に言った言葉は、少年の本心。
ストレートすぎるその言葉に彼女は「ああ」と思った。確かにこの子は、青いな、と。
この世界の闇を闇と知らずに生きてきた子なのだ。
そしておそらくこれからも、闇を闇と理解しないで生きていく子なのだろう。
彼の中は光でいっぱいだから、闇がわからない。理解できない。
ある意味、恐ろしく可愛そうな子供である。
「あやまる?何を」
おそらくこの兄には、少年の言いたいことは理解できている。
ただ、元から論点がズレているのだ。
彼は彼の家の教育方針に則って、少年を家路に着かせた。
それが傍から見たら脅しに見えようが、操っているように見えようが、それは彼の家のこと。
他人がどうこうできることではない。
ただ、少年はそれを理解できない。
闇を闇と知らないで、光の中で生きてきた子供には、それを理解することはかなわない。
「そんなこともわからないの?」
「うん」
だから、だろう。
この兄は、弟のためを思って――このあたりが過保護だと思ってしまうのだが――この少年と引き離したのだ。
生きていく世界がちがう、なんて時代錯誤も甚だしいが。つまりは、そういうことなのだ。
「おまえに兄貴の資格ないよ」
「兄貴に資格がいるのかな」
少年は怒りに任せて猫目兄の腕をつかみかかり、その類稀なる力をもってして少年の何倍も身長のある彼を片腕で宙に放った。
「友達になるのにだって、資格なんかいらない!」
そう、資格なんて要らない。
絆はお互いで築くもの。お互いで縛るもの。
ただ、その見えない鎖で縛られれば縛られるほどに、身動きはとりづらい。
特に闇の中を蠢く者にとってそれは、生死につながる事柄。
鎖が多ければ多いほど、縛られれば縛られるほど、死の影はその足音を忍ばせて自分を捕まえようと暴れだす。
と、そこまで考えて彼女はハッとした。
確かここで、イルミの腕は折られてしまう。
それはいい、彼には悪いがあまりたいしたことじゃない。(きっと彼のこと、その驚異的な回復力ですぐにくっつくに違いない)だが自分にとってはどうだ、彼とはこの後一緒に仕事をする約束をしていたのではなかったか。
彼が怪我をしていたら、もしかしてもしかなくとも自分の方に被害―情報収集のみならず目標の一掃、はたまた事後処理という今回の仕事のほとんどが自分に回ってくるという人為的被害―が及ぶのではないか。
困る。
非常に困る。
ただでさえ今は蜘蛛に付けねらわれているというのに。
情報収集を終えた暁には暫く雲隠れしようと心に決めているのに。
「ゴン、だめよ。折ってはだめ」
落ち着いて、冷静に声を掛けた。
そう、まずは何事も冷静に対処だ。某テニスをしてないテニス漫画の眼鏡部長も、某カードゲームのはずなのになんか違うカードゲーム漫画の高校生社長も「油断なくいこう」だの「冷静になれ」だの言っていた。
いま、まさにその人たちの言葉が役に立った気がしないでもない。
「・・・」
「怒ってるのも、悔しいのも判る。でもね、ゴン。怒って暴力で片付けてしまったら、あなたも同じになってしまうわ」
少年は振り返りその夜色の瞳を見開いて、彼女を見た。
彼女はニコリと笑いながら腹の奥底で「良くそんな歯の浮くような偽善が並べられる」と毒を吐く。
だがしかし今は自分の気持ち悪い言葉の羅列より、彼の腕が折られるほうが問題だった。
「同じになったって」
「いいっていうの? 彼の腕を折って本当にそれでスッキリする? 私はそうと思わない」
「でも」
「あなたも腕が折れたわよね。痛かったでしょ? 今はきっと鎮痛剤が効いてるから痛くないだろうけど、きっと今夜は眠れないわ」
「・・・」
「彼は、きっと痛がらない。腕が折れて、顔面を殴られ血を吐いて、それでもなお痛がらないわ・・・どうしてか、わかる?」
「・・・」
「・・・わからないなら、あなたはむやみやたらに暴力を振るってはだめよ。・・・あなたは今日からプロなんだから」
「・・・うん」
少年はまだ腑に落ちない顔をしながらも、手を離した。
イルミの腕にはくっきりと少年の手跡が残っているが、折れてはいないようである。
内心ほっとして彼女は「それに」と付け加えた。
「キルアくんは、自分でポドロさんを殺して自分の足で出て行ったのよ。少なくとも、私の目にはそう見えた」
「・・・っでもそれは・・・それは、自分の意思じゃない。こいつに操られてるんだ」
今度はもうつかむことはしなかったがしかし、少年はその瞳にもう一度怒気の炎を燃やす。
ため息が漏れそうなのを何とかとどめて会長を見やれば、よくやったというように頷いて「ちょうどそのことで議論していたところじゃ」
と、少年を見やった。
「クラピカとレオリオの両方から異議が唱えられてな。キルアの不合格は不当との申し立てを審議中なのじゃよ」
会長はチラッとクラピカを見やる。
彼は心得たといわんばかりに立ち上がって、「キルアの様子は」と唇に言葉を載せた。
「自称ギタラクルとの対戦中とその後において、明らかに不自然だった。対戦の際に何らかの暗示をかけられてあの様な行為になったものと考えられる。通常なら、いかに強力な催眠術でも殺人を強いる事は不可能だ。しかしキルアにとって殺しは日常のことで、倫理的抑制が働かなくても不思議はない」
ひとつ訂正を加えるとすれば、殺人を強いる事は不可能と彼はいうけれど、えてしてそんなことは無いということである。ことこの世界に関していえば・・・であるが。
ただそのことを言ってしまえば彼の論じる事柄を論破してしまうし、裏試験である"念"のことのヒントにつながりかねないので彼女はただ黙って聞いているしかない。
「問題なのは、ボドロの対戦中に事が起きた点だ。状況を見れば、キルアがオレの合格を助けたようにもみえる。ならば不合格になるのはキルアじゃなくてオレの方だろ?」
「いずれにせよ、キルアは当時、自らの意志で行動できない状況にあった。よって彼の失格は妥当ではない」
妥当な弁論であるが、実証がなさすぎる。
すべて憶測にすぎないのだ。
彼女の心をまるで代弁するように、会長が「全て推測にすぎんのぉ」と口を開いた。
「証拠はなにもない。明らかに殺人を指示するような言動があったわけでもない。それ以前にまず、催眠をかけたとする根拠が乏しい」
彼らはぐうの音も出ない。
会長は畳み掛けるように唇に言葉をのせる。
「レオリオとボドロの対戦直後に事が起きたと言う点については、問題はないと思っておる。両氏の総合的な能力はあの時点でほぼ互角。経験の差でボドロを上位で置いたがの。格闘能力のみをとすれば、むしろレオリオの方が有利とワシはみておった。あえてキルアが手助けするような場面ではなかったじゃろ」
「・・・どうだっていいんだ、そんなこと」
それまでだまって聞いていた少年が、口を開いた。
彼の瞳にはまだ炎がちらついている。
その瞳で少年は大切な友達の憎い兄を射抜いた。
「人の合格にとやかく言うことなんてない。自分の合格に不満なら満足できるまで精進すればいい。キルアならもう一度受験すれば必ず合格できる。今回落ちたことは残念だけど仕方ない」
ドライな物言いのはずなのに、その瞳には相反する炎がゴウゴウと燃えている。
彼女は心の中で嘆息した。この少年は、まっすぐすぎるほどにまっすぐなのだ。
猪突猛進で、ひとつのことに夢中になれば周りのことが見えなくなってしまう。
「もしも今まで望んでいないキルアに無理やり人殺しをさせていたのなら、おまえたちを許さない」
「許さないか。・・・で、どうする?」
「どうもしないよ。おまえたちからキルアを連れ戻してもう会わせないようにするだけだ」
愛の告白にも似たそれは、彼の本心。
ストレートすぎるほどの心の叫びだった。
けれどそれは彼の叫びであって、あの猫目の少年の心を代弁したものではない。
ゆえに、エゴとなってしまう。彼女はそれが残念で仕方なかった。
ギッと睨んだままである少年の注意を引くように、会長はパンッと両手をうってから「さて」と前置いた。
これからやっと、講習が始まるのである。
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