彼女は男に腰を抱かれながら、周囲に注意を払う。
脱出経路は何度も確認したし、シミュレーションも怠ってはいないのだが本番は一度きり。
状況情勢は常に変化するものであるから、計画通り行かないことなど当たり前。

「どこに連れて行ってくださいますの?」

比較的スッキリとしたヒスイ色のマーメイドドレスを翻し、彼女は男に問うた。
男は普段の厳しい顔をはっきりと崩して「私の部屋だよ、レディ」と囁く。
彼女はその深い緑の瞳を大きく見開いて、左手を自分の頬に当てながら首をかしげた。

「あら、まあ。まさか私に何か特別な贈り物でもおありなの?」
「はは、そうとも。二人だけの秘密をプレゼントすると約束しよう」
「ふふ・・・いけない人ね、ミスタ リダモルト」
「シャイアード、と呼んでくれてかまわない」

彼の名はシャイアード=リダモルト。
十老頭傍系組マフィアの首領であり、特殊なルビィの所持者――念能力を増幅させる効力があり、一部の念能力者の間では破格な値段で取引されていた。だがそれはもうずいぶんと昔の話で、いつの間にかそのルビィは姿を消しその特殊な力も今では絵空事と言われていたのだが、急に、それこそ今更になって今現在は彼が所有していることが判明したのだ。それを聞きつけた十老頭は彼にそれを差し出すように迫ったのだが、彼はそれをのらりくらりと交わし続けてきた。
そして、彼の暗殺依頼がイルミに回ってきたのである。
ちなみに彼女が頼まれた情報収集はそのルビィの在り処と、本当にルビィ効果があるのかどうかであった。

 

 

 

 




 

 


彼女に来る依頼の約4割は、情報収集の仕事といっても過言ではない。
男という生物は、大概がベッドの中では饒舌であり、彼女の昔取った杵柄――つまりは遊郭での経験が生かされていた。ふと、それはもしかしたらあのハンター・・・ゼーダ=ルカオスが最初に見出したのではないかと、彼女は苦笑する。

男は部屋にはいるやいなや彼女をベッドまで運び、その下卑た笑いを浮かべた顔を、彼女の肩口に埋めた。
彼女はされるがままに――顔には悪戯な笑みを浮かべて――彼の頭をかき抱いて、その違和感に気がついた。
彼が今垂れ流しているこのオーラ、いつかどこかで見たことがある。
そう、それは・・・――去年、秋の、イチョウ並木で。

「・・・謀ったわね」

こわばった声で言えば、彼は喉の奥でクツクツと笑った。
その声はもうシャイアードのものではなく、あの黒く透き通った瞳の男のもの。

「どこでバレた? それとも、最初から判っててベッドインしたのか」
「残念今さっきよ。・・・迂闊だったわ。イルミもグルってことね」
「俺は彼の得意先だからな」

舌打して、彼女は男の体を跳ね除けすばやく後方へ飛び去った。
彼はシャイアードの仮面を脱ぎ捨てて、ベッドの上で面白そうにこちらを見ている。
しかし、どこか飄々としている彼に隙は無い。
彼女は顔をしかめながらその長い手袋を外した。
【地獄の女王の左手―ヘルズカウントダウン―】は素肌と素肌を触れあわさなければ効果はない。
もうちょっと脱いでからにすべきだったか――いや、彼のことだ、もうそのことに気づいている可能性がある。

「・・・あんた、本当になんなの」
「クロロ=ルシルフルだ。幻影旅団の団長だが?」
「そんなこと知ってるわよ!! だからなんでその団長さまが、私なんて一介のマネーハンターなんかを追ってるのかってこと!!」

正直迷惑極まりない。

「お前が欲しいから」
「・・・だから"飼う"って? 冗談じゃないわ!!」

彼女は思考の裏で、こんなでかい声を出すのは久しぶりだとどこか他人事に考えていた。
彼を見ると何ゆえがイライラしてしまう。
その真っ黒で透明なガラスの瞳に、イラついてしまう。
彼が自分を欲しいというたびに、釈然としない怒りが思考を支配してしまうのだ。
なんだろう、これは。
どうしたのだろうか、自分は。

「もう飼われるのなかんか真っ平よ。あんたたち男ってのは皆そう。人のこと玩具みたいに扱って」

朱塗りの角格子の隙間からみた男たちも、あのブラックリストハンターも、この目の前の男も。
みんな、みんな、自分に手を差し伸べて。
差し伸べるだけ、差し伸べて。

「飽きたらそのまま・・・っ」

 

 


――――・・・"   "も、再来年で20歳か。

 

 

彼女は目を見開いた。
脳裏に急によみがえったその声を、自分は知っている。

 

 

――――・・・20歳になると、何かあるの?

――――・・・んー、そうだな。大人になるってことだ

――――・・・オトナ? 19歳から下は皆コドモ?

――――・・・はは、そうだな。

――――・・・じゃあ、再来年になったらゼーダの好きなコドモじゃ、なくなっちゃうね

――――・・・そうなるなぁ。ああ、じゃあお前、20歳になったら1人で旅するか

 


嫌だなんていえない。
彼はオトナが好きじゃなかった。
ずっと自分に、コドモのままでいろと彼はいっていたから。
けれど、でも、彼の話では20歳になれば否が応でもオトナになってしまうという。
彼が嫌いな、オトナに。

 


――――・・・そうした方が、いいのなら。

――――・・・まったく、お前は素直だよ。

 


彼の名前はゼーダ・・・――ブラックリストハンターであり、彼女の念の師匠であり、父親代わりであった
ゼーダ=ルカオスである。

 

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