目を薄く開けると、見知らぬ天井が見えた。
薄汚れたその天井は、端のほうがすでに崩れていて廃墟のようだった。

「・・・目が覚めたか」

聞きなれない男の声に首をそちらに向ければ、あの漆黒の瞳がこちらを無表情にみている。
だがしかし、あの時は知らない男だと思っていたのにも関わらず、いまは彼が誰かはっきりとわかった。
クロロ=ルシルフル。幻影旅団の団長。―――・・・なんで、わかったのだろうか。
彼に面識はないはずであるし、どこかのサイトで見た覚えもない。

「なぜ、生きているのか・・・とでもいいたそうな顔だな」

たしかにそれは疑問であるし、今彼のことがわかることを知られるというのは危険な気がする。
とりあえず体を起こそうとして、起きられないことに気がついた。
どうやら手錠・・・それと縄だろうか・・・でベッドに手足をつながれているらしい。

「逃げようとしても無駄だ。俺は、お前に興味が湧いた、だから生け捕りにした」

無表情だった彼の顔にニヒルな笑いが浮かんだ。
黒く透き通った二つのガラス球がだんだんと近づいてくる。

「これが答えだ・・・満足だろう"ブラッドウルフ"」

喉の奥でクツクツと笑いながら、男は手馴れた風に唇を押し付けてきた。
満足なものか!放せ!そして殺せ!・・・とでも言わせたいのだろうかと、彼女はさめた心で彼の唇の熱を味わう。
口内を傍若無人に暴れ回るその舌は好きなようにさせて、彼女は部屋に意識を向けた。
窓はない。ドアがひとつ・・・いや、死角にもうひとつ。
窓がないことからこの部屋はこの廃墟だか廃屋だかの中心部。
意図して窓がない場合もあるが、壁がコンクリートのようなものであることからそういった、特殊な建造物ではないと推測できる。
壁を突き破ったとしてもすぐに外に出られる可能性は低い。
もし出るとすればどちらかのドア。

「逃げる算段でも考えているのか」

唇を離した男の顔は無表情に戻っていた。
彼女は離された唇が濡れているのに顔を顰めたが、急に襲ってきた睡魔に引きずられて瞼を落とす。

「悪いが、もう少し眠っていてもらう」

ああ、薬を盛られたのか、と頭の隅で冷静に考えた。



















「出席番号17番 
「ふぁっ!?」

急に顔をあげたらよだれがボタッと数学の教科書に落ちた。ひどすぎる。
隣で「おもしろすぎるよ」なんて笑いをかみ殺してる友人に「なんで起こさないかな!」という視線を投げてやっておそらくご立腹であろう先生をソロソロと見上げた。

「寝ててもいいけどな、今は生物だ」
「う!?」

急いで数学の教科書をしまって生物を引っ張りだし「すいませんっした」と頭を下げる。
先生は呆れ顔で「お前成績はいいんだけどなー」といいながら黒板に向き直った。

「ちょっと!なんでおこさないのさ!」
「おこしたよー、でもってば魂でも抜けたみたいに起きないからあきらめたの」

小声での抗議は見事跳ね返され、とりあえず黒板に書いてあるものを必死でルーズリーフに書き写す。
時計を見るとそろそろ昼休みに入るころで、泣きたくなった。
数学は2限目だったはず。
そんな彼女を見かねたらしい隣の友人は「後でノート見せてあげるから、ゆるしてちょ」と笑った。









「けどさー、どうしたの?前はこんなひどくなかったでしょう」
「何が」
「授業中の居眠り」

秋風が気持ちいい屋上の隅っこで、友人は空になったお弁当箱を丁寧にしまいながら、傍らでノートを必死に写している を面白そうに見やった。
ぶすっと膨れっ面になりつつ、ノートを写す手をとめては「最近ね」となんとも言いがたい困ったような顔を浮かべた。

「変な夢をみるんだよ」
「うん?」
「なんか、一人の女の子?の生い立ちーみたいな・・・」

友人は少し考えて「続き物の夢ってこと?」と変な顔をした。
それにはうなづいて「しかも」と神妙な顔をする。

「なんか、ハンターハンターがまざってる」
「自重しろこの腐れが」
「ひど!ひどいよ同胞のくせしてこの!」

汚物でも見るような目で見られて、泣きまねをしてみせる。
友人は「はいはい、わかりました悪かった悪かった」と悪びれもしないで、丁寧に包んだお弁当箱を持ったまま立ち上がった・・・と同時に予鈴が鳴る。

「おわ!まだ写し終わってないのに!!」
「次世界史だし、そのとき写しちゃいなよ」

あはは、と笑った友人に「世界史だってちょっとはノートとるじゃん!」と抗議して立ち上がった。

ゴッ!

「ぎゃ!」
「わっ!」

急な強風に一瞬目を瞑った。
そして目を開けると・・・目の前のルーズリーフがない。
焦って周囲を見回せば、友人がなにやらフェンスの向こう側を指差していた。
その先には風に舞ってゆっくりとグラウンドに落ちていく無数の白い紙たち。

「ええぇー!?」

あわてて腰の辺りまでしかない、最近の学校にしては珍しく低いフェンスにしがみついた。
グギョッと変な音がしたのだが、今はそれどころではない。

「勘弁してよ、マンガじゃないんだからさ・・・」
「わかってるよそんな」

バキッという音がしたのと、変な浮遊感に襲われたのと、友人の息を飲む音が聞こえたのはほぼ同時だった。


BackNext