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ビクッとして目を開ければ、そこはベッドの上だった。
あわてて見回せば見たことないはずなのに、見たことのある薄汚れた天井。
まだ半分覚醒しきれていない頭で、アレ?と考える。
たしかさっき、フェンスから落ちなかっただろうか・・・とまで考えて、手足の自由が利かないことにハッとした。
そう、クロロ=ルシルフルに捕まったのだ、と。
しかしそれは夢だったはずで、学校のフェンスから落ちて・・・夢?
完全に覚醒した頭で、まず冷静になれと自分を落ち着かせた。
まず、自分が何なのかを考える。
貧乏な村に生まれた―――いや、普通の町に生まれた・・・。
遊郭に売られた―――いや、つつがなく普通に生活してた。
稚児趣味のハンターに拾われて育てらた―――普通に小学校へあがって中学にあがって、高校に・・・。
20歳の誕生日にあのハンターを殺した。理由は大人になったから。
金を稼ぐために依頼をうけて、人を殺してきた。理由は食べれないとおなかがすくから。
細々と依頼を受けていたはずなのに、いつの間にか有名になってしまっていて、イライラしていたあの日。
依頼内容はいつものとおり暗殺だった。
ただ、現場にたどり着いたらもうそこは血の海で、原因を調べていたらあの男・・・クロロ=ルシルフルに遭遇してしまって。
現在に至る、と。
軽くまとめたところで、彼女はちょっとだけ息を吐いた。
おそらく、これはパラレルワールドなのだろう。
何の本だったかは忘れたが、何かが原因で自分のいる世界と平行している別の世界があり、時々重なってしまうときがある、そういう内容の本だったはず。
重なりはじめたのはあの夢を見出したときからだろうし、完全に重なったのはフェンスから落ちた瞬間だろう。
ただ、その本と今回のことを重ねると少し違う点がある。
今現在、向うの記憶がはっきりとあるのに、こちらの記憶もはっきりとあるということ。
あの本では魂は別のものがとか何とか書いてあった気がするが・・・平行世界と平行世界の間に魂があって、体は2つある状態ということなんだろうか。・・・よく判らないな。
彼女はもう一度息を吐いて、つまり・・・と結論付けた。
こっちが寝ている間は向うにいって、向うが寝ている間はこっちにってことなんだろう。
向うがフェンスから落ちて・・・おそらく死んだか、昏睡状態になっている可能性が高い。
ということは、おそらく向うの体が目覚めない限り向うに行くことは不可能。
「なんだ、起きてしまったか」
男の声に彼女は視線だけ向けた。
改めてみるとなるほど、確かにクロロだと感心してしまうのだが、今はそんな場合ではない。
「あと1日は寝てしまうはずだが・・・耐性でもあったか」
そういえば薬を盛られていたんだったか、と今更気づいた。
クロロは彼女を改めてしげしげと見つめて「逃げないのか」とつぶやく。
確かに念を使えば脱出可能ではあるが、今はそれより今後どうするかを考えるのが先だ。
向うの記憶では来年の1月のハンター試験がとても楽しそうであるし、未だライセンスを持っていない彼女としては試験を受けるいい機会である。
しかし、受けるとなるとここを抜け出さないわけには行かなくなるのだが、抜け出したら抜け出したできっとこの黒い瞳の盗賊は、血眼で追ってくるに違いない。
さて、どうしたものか。
「団長、珍しいものってその女?」
死角のドアから現れたの金髪は、興味津々と言った様子でこっちに近づいてきた。
「ああ、今巷で噂の"ブラッドウルフ"だ」
「へぇ、性別と紅い狼を連れてる以外ぜんっぜん、すこっしも情報がない、あの」
金髪碧眼の青年は、そのベビィフェイスに真っ黒い笑みを浮かべて「でも狼がいないよ団長」なんていっている。
金髪の彼も黒髪の男も狼が念能力であるのは気づいているはずだ。
念が具現化系であるとすれば、その狼自体に攻撃と移動がかね備わっていると普通考える。
そして、おそらくそれ以外の念能力は持ち合わせていないと考えるのが自然。
今巷で噂されているのは"紅い狼を連れた女"であることのみ。
狼の能力まで気づいているものはいないだろう。
「で、この女どうするの、フェイタンに渡して拷問しても聞き出すことなんて無くない?」
「俺が気に入ったんだ。俺が飽きるまで飼う」
言うに事欠いて"飼う"とは。
思わず顔を顰めると「本人は嫌みたいだけどね」なんて金髪がおどけた。
さすがに飼われるのはもう嫌だしな、と彼女はため息をついてその唇に念を発動させる言葉を乗せた。
「ヘルヘイムは死者の国という意味よ」
突然しゃべりだした彼女に、金髪と黒髪2人の視線が一気にあつまる。
何のことだと黒髪の男が口を開きかけたその瞬間に、彼女は男と目を合わせた。
「ヘルヘイムの扉が、開かれた」
「何を言ってっ・・・ぐァッ」
「団長!?」
いきなり右手を押さえた黒髪の男に、金髪が駆け寄る。
見ると右手の手の平が焼け爛れたように腐っており、しかも結構な速さでその範囲を広げていくところだった。尋常ではないと思い意識して凝をしてみれば、かすかに右手から黒髪の男のものでない念が感じられる。
考えられるのはひとつ、拘束されているはずの彼女が何らかの方法で念を飛ばし、付着したところから腐らせているということだ。
「おまえ、団長になに、を」
気がつけば、ベッドの上には拘束されて動けないはずの彼女が紅い狼と共に立っていた。
そんな馬鹿なと一瞬目を見開いたが、彼女が目にも留まらぬ速さで――蜘蛛であるはずの自分ですら追いきれないほどの速さで目の前に移動されたことで、戦慄が走った。
危険を感じで後ろに飛ぼうとしたが、それよりも彼女の手のほうが早く、右手を握手のような形で握られてしまう。
「・・・っ!!」
「もし、私がこの廃墟から出た後追いかけるようであれば、この男はこのままだ」
「なに、を」
「約束を破らなければ2週間後には腐敗は収まる」
「・・・」
「約束はやぶるな、いいな?」
「・・・いいだろう」
その瞬間、彼女の右手首に巻かれていた紐のようなものが握手している手を這いずり金髪の男の腕に巻きついた。
「約束を破れば、破滅が訪れる」
その言葉に従うように、紐はリング状になり、手首に張り付く。
金髪の男はその瞬間にゾッと何か得体の知れないものが背中を這ったが、彼女に背く法がリスクが高いと考え、彼女の手を振り払うのはやめた。
彼女はふと笑みを浮かべてから金髪の男の手を離し、もうすでに体の右半分が腐っているであろう黒髪の男へ近づき、侵食が最初に始まった右手の手の平に彼女の左手を乗せるべく膝を折る。
脂汗がにじみ出ている男はしかし、執念で彼女に腐っていない左手を向けた。
だがその手は彼女によって簡単に防がれ、男は悔しさで顔を歪ませる。
「エーリューズニルへ帰れ」
彼女はそれだけいうと立ち上がり、紅い狼と共に死角のドアへと消えていった。 |