「ゴリラ対アリだな」

フランクリンの例えに「なるほど」と思わずうなずいてしまった彼女である。
眼下に広がる闇夜の地獄は、思ったほど死臭がしない。
ただ相手が相手だけに発砲音やら爆発音やらがやたらすごくて、若干耳が痛いのが至難だ。

「ねぇ、まだこないのインジューとかいう奴ら」
「そろそろ来てもいい頃だと思うけどな」
「・・・確かにちょと観戦、飽きたね」

はそのやり取りを髪に突っ込んだ鉄線の手入れをしながら聞いていた。
傍らには【束縛からの解放―フェンリル―】も具現化させてある。
まだ何も知らない彼らはお気楽なものだが、下手をすれば下で暴れ続ける怪獣が、自分がヘマをすれば死んでしまうのだ。
とても「ポーカー」だの「じじぬき」だの「ダウト」だのの気分じゃない。
問題は"どこ"でどういう風に助ければ一番原作を変えないですむか・・・である。
理想的なのはやはり2日の夜、クラピカとウボォーギンが対峙する、あの一瞬だろうが・・・。



―――・・・お前に友達をつくる資格はない。必要もない。



急にあの猫目兄の言葉が頭を掠めて、彼女は変な風に顔をゆがめた。

「・・・やっぱり厄介よ。私たちみたいなモノにとって束縛は・・・」

その呟きは、血に染まった闇に消えた。














マチの糸を追跡する猛スピードの車のその横を、彼女はやはり紅い狼に乗って一緒に空を駈ける。
手には鉄線が既に握られていて、臨戦態勢だった。
彼女は原作が変わってウボォーギンがあの車の中で殺されないのを祈り、あえてそちらを追わないことにした。
ここまで原作どおりきたというのであれば、おそらく8割がた彼は捕らわれたまま殺されない。
まずは確実に陰獣を倒してからだ。
そんなことを思っているうちに、彼女の目の前を白い何かが落下した。

―――・・・来た!!

彼女はすぐさまその白い何かと距離をとり、腰掛けていた狼に跨る。
狼は浮いたままだが静止はせずに、彼らの動向を伺っていた。

「あれ? 陰獣って全部で10人だよね」

そう、陰獣はこれですべて。
ウボォーギンを捕らえたのはあの、緋の眼の復讐者だ。

「ま、こいつらに聞けばわかるね」
「そうだね。とりあえずその運び屋は団長にお土産決定。、その狼で人1人ぐらい運べる?」
「問題ないわ」

【束縛からの解放―フェンリル―】は伸縮自在なのが特徴のひとつでもある。
人1人の幅が増えたところで必要な容量は大して変わらない。
シャルナークはその答えに満足したのか彼にしては珍しく不適に笑い「じゃあ、はそいつ担当ね。殺さない程度によろしく」と勝手に難題を押し付けてきた。
肩をすくめて目の前の顎ヒゲのグラサン男――たしか、梟とかいう名前だっただろうか――を見やれば、彼は「紅い犬・・・か?いや、まさか・・・」などと訝しげに呟いていた。

「あら、まさか私のこと知ってるの?」

彼女はその形の良い唇をゾッとするほど妖艶に吊り上げて、その深く淀んだ緑の瞳で彼を射抜く。
男のその小さくなった風呂敷をつかむ手が遠めにも震えて見えた。

「・・・ブラッドウルフの噂は、よく知ってる」
「そう・・・私も有名になってしまったものね」

微笑む彼女の深緑の瞳はしかし、暗く淀んでいて何を思っているのか窺い知れない。
彼は背中に汗が伝うのを感じていた。
久しく感じていなかった感情―――・・・恐怖。
彼女の情報は、彼女が現れてもう既に10年以上経つというのにもかかわらず、少ない。あまりにも少ない。
それは彼女にあったものはすべて"死ぬ"もしくは"沈黙を余儀なくされる"という意味を含んでいた。

「安心してよ。殺さないわ。ただちょっと・・・そうね、動けないようにするけど、ね」

気がついた瞬間には彼女の緑を帯びた髪が目の前で揺れていて、彼は後ろに飛び退ろうと体制を整える。
だが遅い。気づいてからでは、遅すぎる。
彼女はもう既に彼の右手を左手でつかんでいた。

「ヘルヘイムは死者の国という意味よ」

耳元で、彼女がささやく。

「ヘルヘイムの扉が、開かれた」


















「で、結局ウボォーを捕まえたのは陰獣じゃないの?」
「・・・まあ、そうなるだろうね」

シャルナークは彼らの死体を確認した後「ふむ」と顎を押さえた。
陰獣もなかなかの手馴れであったが、ウボォーギンを捕らえた何者かはそれ以上。
しかし十老頭がほかに念能力者を飼っているという情報はない。
ゆえに、何かほかの・・・別の・・・。

「あーもー、わっかんないなぁ・・・」
「そうムシャクシャしないの、シャル」

は頭をかきむしる彼の肩に手を置いた。

「十頭老の直属でないにしろあの場に少なからず居合わせた奴なんだから、マフィア関係の線が濃厚だと私は思うけど」
「・・・俺もそう思う。けど何か妙だ」
「何かって、何が」
「それがわかればこんなイライラしないって」

眉間にしわを寄せる彼に苦笑して「とりあえずあの顎ヒゲ、クロロに届けましょう」と提案する。
彼女はなるべく早く街へ帰り、ウボォーギンに張り付きたいのだ。
1分1秒でも読み違えれば、彼は死という深遠の淵に落とされてしまう。

「・・・そうだね、そうしよう。とりあえずアイツに車元の大きさに戻す用にいってくれない?」
「わかったわ・・・フェンリル」

彼女が呼ぶと狼は既に半身が腐っている彼を腹ばいに乗せたまま駈けてくる。
シャルナークは「その狼名前ちゃんとあるんだね」なんて変なことに関心をもってうなづきつつ、携帯の通話ボタンを押した。

「あ、団長。ウボォーがつかまっちゃったんだ。・・・そう、うん・・・ごめん・・・いや、陰獣じゃないっぽい。奴らは全滅したしね。・・・うん。うん、じゃあ一旦そっち戻るね」
「団長、なんだって?」

元の大きさに戻った車に乗り込みながら、シズクが口を開く。
ちなみに車の中では「畜生俺もう絶対真ん中のらねぇ!!マチ!!お前真ん中!!!」などとノブナガが叫んでいた。

「とりあえず戻ってこいってさ。団長もマフィア関係の線を疑ってるから、帰ったら対策ねろう」

ノブナカの叫びに笑いながら、彼は運転席に滑り込む。
それを横目で見やって、は半身が腐って呻いている彼を落ちないように抑えながら紅い狼に跨った。


―――・・・9月1日は早くも終わりを告げようとしている。

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