「"エーリューズニル(Eliudnir)は、神話に出てくる死者の国の女王ヘルの住居のことである"・・・だってさ、団長」

彼女の言ったとおりクロロの腐敗は2週間後には完治した。
だが彼女が彼の手をすり抜けてしまったことで、逆にクロロの興味が膨れ上がってしまったのは、彼女にしても誤算だったろう。
クロロはその黒く透き通た瞳で金髪の男――シャルナーク越しに、彼女が最後に残した言葉の意味を綴ったサイトを静かに眺めていたが、何か意味があると思って調べてみれば、神話とは・・・とため息をつく。

「まあでも、これで彼女のことが少しわかったね。顔も割れてるしさ」

至極うれしそうに笑うシャルナークにため息をついて「だが」とつぶやいた。

「追うな、と念を掛けられてるだろ」
「うん、僕はね」

そういって意地悪な笑みを向けたシャルナークに不覚にも殺意を覚えつつ、思いつかなかった自分がどれだけ焦っていたのか判ったような気がして、苦笑する。
そうと決まれば、と踵を返したところに「待った」の声がかかった。

「今はまだ動かない方がいいよ、彼女も警戒レベルあげただろうし。闇雲に探し回って僕らが捕まったら目もあてられない」

たしかに、彼女はハンターではないにしろ相当な腕を持つ手馴れであり、情報屋としても相当な腕をもつとのことで有名である。
闇雲に探し回って情報がもれればそれこそ、一網打尽にされかねない。
考えてシャルナークの方に向き直れば、彼は壮絶に黒い笑みを浮かべていた。

「もう少し時間をおいたら、動こう・・・確実な方法で」
















彼女はあの後何も無かったように"いつものとおり"にあのバーへ向かった。
バーのマスターは一瞬怪訝そうに眉を動かしたが、何も言わずに暖かい紅茶とサンドウィッチを出してくれる。

「あー、ありがとう。おなかぺこぺこだったの」

だったら向かいの定食屋に行けという顔をされたが、そんなものはお構いなしにサンドウィッチにかぶりついた。

「この前の件だけど」
「・・・いつものとおりだ」

おそらく報酬のことだと思ったに違いないマスターに「そういう意味じゃない」と前置きして、紅茶で喉を潤す。

「あの時なんだかデッカイ蜘蛛に鉢合わせたんだけど」
「ほう・・・」
「糸が絡まっちゃって大変だったのよ?」

言うとマスターはその威厳たっぷりな顔におかしそうな笑みを浮かべて「それで駆除したのか?」とのたまう。彼女は「まさか」と肩をすくめながら2つ目のサンドウィッチにかぶりついた。

「殺虫剤が手元に無かったから新聞紙でたたこうと思ったんだけど、なかなか死ななくて怖いから逃げてきちゃった」
「お前にしたら珍しいな」
「一応私、女の子ですからね。デッカイのは怖いのよ」

ふふん、と鼻を鳴らしたらマスターは面白そうにひとしきり笑って――といってもマスターは声なんかあげないしその厳しい顔を少し緩ませただけなのだが――カシューナッツが盛られた皿を取り出す。

「しょうがないからこれで勘弁してくれ」
「あら、カシューナッツだけ?」
「皿ごとだ」

よくよく見ればその皿はどこかで見たことのある柄をしていた。
カシューナッツで図柄はわからないものの、触ったかんじとしては陶器。
縁取りは花びらのように波打っていて、薄い紅色の・・・。

「ってこれ、ルガンダ王国の・・・」
「ああ、よくわかったな。もう30年も前の話だってのに」

あきれてものも言えないとはこのことだが、くれるというならもらっておこう。
もしいらないなら流してしまえばいいだけの話だ。
だがしかし・・・。

「国宝がつまみ用の皿ってどうなのよ」

いわく「皿は使うためにある」とのことだ。

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