秋も終わりに近づき、イチョウの葉がハラハラと舞う並木を彼女は困った顔で歩いていた。
普段は普通のジーンズに何度洗って干したかわからないT-シャツを着ているのだが、この日は女らしいフェミニンな上下にブーツ、キャスケットという秋らしいしっとりとした格好だ。
手にお出かけ用のバックと別に、小さな封筒を持っている――この封筒がくせものだった。
彼女はチラッと横目で封筒をみてから、重く深く息を吐いた。
ことは先日、例のバーに依頼を受けに行った時。














「・・・マスターさ」
「ん」
「依頼主の確認とかしないわけ」

いつもどおり受け取った封筒を、いつもはそのまま持って帰るのにその日に限ってその場で開封した。
すごく嫌な予感がしたからに他ならないのだが、どうか気のせいであってくれとの願いはむなしく出てきたカードと蜘蛛のマークが刻まれたコインに、めまいを覚える。

「それ相応の金を払ったのであれば誰でも受ける。それがお前だと俺は思っているが」
「そうですが、そうだけどっ!!」

それと、これとは、はなしが、べつでしょ!・・・という言葉は飲み込んで、カウンターのいつもの席にドシャッと座り込んだ。―――そりゃ、ドリーム小説じゃ王道ですよこういうの。でも、これは、違うっ!
彼女は蜘蛛のコインを憎憎しげに睨みつけたが、受けてしまったものはしょうがない、と自分を無理やり納得させてカードに目を走らせた。そして―――・・・。

「な・・・」
「ん?」
「なめとんのかぁあああああっ!!!」

ビリッと軽快な音をたてて、そのカードは真っ二つに裂けた。

「2人だけで会いたい!? サンテノン通りのイチョウ公園で!? デートを楽しみにしてる!?」
「こら、任務を口に出すな」
「任務じゃないでしょ!? マスター、だって、これ、デートって明記してあるよ!!」

ご丁寧に回る店まで記入してある。
どうしてこんなもの受けてOKしてるの、ねぇマスター!と恨みがましく訴えれば、金のためだ、と響くような答えが帰ってきた。

"世の中金だよ!金!"

どこかの誰かさんの声が聞こえた気がした。















思い返しても腹立たしいのだが、確かに前金として支払われた金はとんでもない―こんなデートごっこが任務とすれば―額が振り込まれていたから、取り合えずトンズラはしなかった。
彼女はもうひとつため息を吐いて、腕時計を見る。
待ち合わせは14時ジャスト、今は13時43分・・・頃合だろう。
彼女は重い足取りでイチョウの円舞曲を見つめながら、彼を探した。

「こんにちは」

・・・探すまでも無かった。
声をしたほうをみれば半月ほど前に苦痛を味あわせてやった黒い瞳の彼が、絶をしたままニッコリと愛想笑いを浮かべている。
得体の知れない恐怖が彼女の背筋を撫でていくがしかし、彼女も負けじと笑みを浮かべた。

「・・・こんにちは」

お互い見詰め合って満面の笑みで笑いあう男と女。
傍から見れば初々しいカップルであろう。
だがしかし、2人の間で漂う空気が真っ黒のせいで彼らの背景には花とハートではなく、火花と猛獣がみえ隠れしていた。

「いい天気になってよかった・・・じゃ、いこうか」
「そうですね」

一番最初に向かうのは、公園から程近いところにあるカフェテラス。
ここの自慢は公園の景色が一望できることと、店長特製ふわふわシフォンケーキだ。
今日は秋晴れで真っ青な空とイチョウ木の秋らしいコントラストが美しい。
カフェテラスはすでにランチタイムのラッシュが終わっていて、客は数人しかいない。
彼らは適当な席について注文を済ませた。

「・・・」
「・・・」

女も男も笑ってる。
お互いに見詰め合ってニッコリと。
しかし、テーブルの下では文字通り目に見えない攻防戦が始まっていた。
女は男が油断したすきにその【地獄の女王の左手】でどこかからだの1部を触ろうとしており、男はそれを間一髪でよける。
逆に男は神字の入った縄を女の足にまきつけようとして、女はそれに超反応でよける。

「ああ、そういえば」

不意に口を開いた男はにこやかに笑いつつも手を止めない。

「自己紹介がまだだったね」
「あら、わざわざ名乗ってくれるの?白々しい」

女も軽口をたたきつつ笑顔でよけ続ける。

「俺はクロロ=ルシルフルだ。お前は?」
「私は"ブラッドウルフ"よ。それ以上でもそれ以下でもないわ、依頼主さん」
「お待たせいたしました、季節のハーブティセットとアメリカンです」

その声を合図に攻防ラッシュは一時休戦となった。
いい加減手がだるくなって来ていた彼女は「いいタイミング!」と内心店員をほめてから目の前に出されたセットに目を移す。

「いただきます」
「どうぞ」

目の前のカモミールティと木苺のシフォンケーキに、どうしても顔が崩れてしまうのは女の性だが、それが理解できない男にはさっきの見えない攻防戦が嘘のような、幸せそのものの表情に恐怖以外の何者も感じない。
彼は訝しそうに目の前の女を見やった。

「何?」
「いや・・・そうやってると普通の女だな、と」

女はムッとして「失礼ね」とそっぽを向いた。
それがどこかのツボを刺激したのか、男は「ぶっ」と空気だけ噴出してそのままのどの奥でクツクツと笑いはじめる。
彼は「お前はやっぱり興味深いな」などと笑い収まらぬままつぶやいた。

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