「・・・まったく、冗談じゃないわ」

目の前に現れた3人の男と、斜め後ろでニヒルに笑いながら佇む黒髪の男を交互に見やってから、彼女はため息混じりに嘯く。
デートだ、といわれて腹を立てつつもきてやれば、ゆっくりできるはずのテラスではまったく――というわけではなかったが――ゆっくりさせてもらえず、散々街をつれまわされ待ち合わせ場所のイチョウ並木に戻ってそろそろ依頼完了だというときに、これだ。―――・・・いや、このまま依頼終了となるはずが無いとは、判っていたのだけれど。

「女1人相手にこんな大人数で、恥ずかしいとはおもわない?」
「黙るね。その口縫いつけられたいか」

細目に殺気を込める拷問大好きな彼に「おお怖」とおどけて見せて、彼女は自分の髪に紛れ込ませていた細い鉄線を引き抜いた。
それが合図だといわんばかりに、目の前の蜘蛛達は一斉に襲い掛かってくる。
秋晴れの麗かなイチョウ並木は道行く人の絹を切り裂くような悲鳴で、阿鼻叫喚と化した。











瞬発力が飛びぬけて高いらしい細目の彼の一撃一撃を後ろに下がりつつギリギリ交わし、横からの日本刀と拳の攻撃には周で強化した鉄線をお見舞いしてやる。
念能力を持たない人ならこれ一発で首が胴体と離れていくのだが、相手は腐っても幻影旅団だ。
鉄線の一閃が放たれるやいなやしなやかに後方へ下がり、鉄線の攻撃範囲から出てしまう。
思わず舌打ちした彼女だった。

「シャル、聞こえるか」
『聞こえてるよ』

黒髪の男はまるで我関せずといった具合に近くのベンチに腰を下ろしていたが、鉄線をまるで生き物のように扱う彼女を油断なく見据えている。
携帯から聞こえる参謀の声は至極楽しそうで『もう始まった?』などと状況説明を強要してくる。
本当は彼もきたかったのだろうが、如何せん念を掛けられている状態だ。危険を冒してまで観戦するものではない。

「ああ、つぶれた銀杏のにおいで鼻が曲がりそうだ」
『あはは、ご愁傷様。・・・それでどう?彼女今使ってる?』
「いや・・・」

おそらくあの紅い狼のことを電話口の彼は言っているのだろうが、今のところ使っているのは周で強化されているらしい普通の鉄線のみ。狼はその燐片さえ見出せない。

『そうか・・・やっぱりね』
「どういうことだ」
『彼女の能力だよ。あの狼、実は戦闘用じゃないんじゃないかな』

曰く、明らかに彼女にとって不利な戦闘であるのに、あの狼を出さないということはあれは人を攻撃するものではなく、もっと別の何かを目的とされて作られているということ。2週間前のときも狼を出したにもかかわらず、別の能力を使っていたことでもそれは明らかである、と。
なるほど、と軽くうなずいた男は次の瞬間自分の眼を疑った。
男のその目の前で、フェイタンがガクッと膝を突いたのである。

「だんちょ、う、このおん、なひ、だり、て、きけん」

良くは見えないが、どうやらあの時のように体半分が腐敗しているようだ。
ただ、倒れる前の警告のおかげでその能力を理解することができた。――要は、左手で相手をさわり、その後何らかの引き金によって腐敗が発動するのだろう。
つまりは、左手さえ触れさせなければ腐敗はしない。

「これで、終わり、よ」

さすがの彼女も疲れたのか肩で息をしていた。
その彼女の後ろには、ノブナガとフィンクスが場所は違えどどこかしら身体の一部を押さえてもだえ苦しんでいる。

「3人がかりでもだめか」
「・・・あんたらにはお遊びだったかもしれないけど、こっちは必死ですからね」

必死さの違いだといわんばかりの彼女は何とか息を整えて、意識が混濁してきたらしいフェイタンの右親指の付け根を軽く触れた。
後ろの2人にも同じようなことをして「はぁ」と思いっきりため息を吐く。

「あんたは」
「クロロだ。名乗ったろう」
「・・・クロロは何をしたいの」
「お前を捕まえたい」
「何でよ」
「興味があるからだ。前にもいったろ」

頭痛を覚えた彼女だった。
たしかに、この前は随分と派手にやらかした気が――図らずとも団長に膝を折らせてしまったわけだし――するが、前捕まったのはそれの前だ。あの時は不意打ちだった上に彼も本気だったから、もう絶対殺されると思っていたし、もう金稼ぎで依頼を受けなくてもいいんだと心底嬉しかったのだが・・・。
彼女は我知らず、瞳に暗い光をともした。
よりにもよって"飼う"といったのだこの男は。彼女の目の前で、堂々と。
その言葉に、あのハンターとの長い長い苦汁の日々がよみがえった気がして、吐き気がする。
彼女は不意に唇の端をあげた。

「興味があるなら教えてあげる・・・なんで、私の噂がそれほどまでに流れないとおもう?」

彼女は妖艶にその形の整った唇を動かして、緑掛かった瞳を弓なりに細めた。
ザァッと一陣の風が彼女のほとんど黒に近い深い緑色の髪を巻き上げる。
それまで見ていた彼女のどれとも違うその雰囲気に、黒髪の男は手の平がじっとりと汗ばむのを感じていた。

「私には、最大の逃亡スキルがあるのよ」

いつの間に現れたのか彼女の傍らにはあの紅い狼が、男を見据えてうなっている。
男は勤めて冷静に彼女と狼を見据えてその手に【盗賊の極意―スキルハンター―】を出現させた。

「私は別にあなたのこと嫌いじゃないけど、飼われるなんて真っ平だわ」
「・・・」
「だから、悪いけれど・・・」

言いながら、彼女はゆっくりと「解放されたい」と口にした。
















彼女はイチョウ並木を悠然と歩いていた。
そこにはお昼時に見せていた、困ったような顔はもう無い。
変わりに、能面のような無表情と暗い光を灯した瞳が、深くかぶったキャスケットから見え隠れしていた。

「彼らは好きよ、向うで伊達に腐ってなんてなかったわ。でもそれは、向うでの事・・・」

だれとはなくつぶやいた彼女は立ち止まり、あいているベンチに腰掛けた。
風が吹けば舞うイチョウの葉をぼんやりと見つめて、体を丸める。
心臓が、まるで爆発するのではないかというぐらい波打っていて、痛い。
使うのは2度目の荒業に、体がついて行かなかったときの拒否反応。
あの紅い狼【束縛からの解放―フェンリル―】は、縄や鎖などの物質的な束縛でけでなく"重力"や"時間"、"空間"はたまた"思い"といった、眼には見えない束縛からも解放してくれる。ただ、重力やら時間やらはともかくとして"思い"なんていう曖昧なものを断ち切ることは、己の身体にものすごい負担を掛ける荒業。

「・・・でも、良かった」

1回目に使ったときは、肉体関係も持っていたためかあのハンターを死なせる羽目になってしまったし。
・・・今回は本当に"思い"だけだったから、おそらく記憶がスコンッと抜け落ちている・・・いや、ただたんに興味が無くなっただけかもしれない。―――・・・シャルナークには【契約の蛇―ヨルムンガンド―】が巻きついているし、団長の興味が無くなったのだからもう追いかけられることは無いはず。

段々と収まってきた胸の痛みに軽く息を吐いて、彼女は立ち上がった。
そしてその瞬間バギュッという音と漂ってきたあの物凄い匂いに、泣いた。

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