彼女は激しく顔をゆがめていた。
判ってはいたことだが、湿原を走ると当然泥が跳ねる。
しかもシャワーなんてすぐ浴びれないし、着替えも持ってない。
最悪だった。
そこまで潔癖なわけではないけれど、せっかく人目が集まるところにいくのだからと動きやすさを重視した中では一番可愛い組み合わせでまとめたというのに。
それから、後ろの物凄く嫌な気配。
それも彼女の顔を歪ませている原因のひとつだった。
先ほどまで一緒にいたゴンはレオリオの叫び声であの嫌な気配のほうへ行ってしまったし、キルアはキルアで「んじゃ、俺はお先に」と、軽やかなステップで試験管を追いかけていく。
正直もう少し楽しいのかと思っていたのだが、なかなかにしてしんどい。主に精神的な意味で。
軽く息を吐いてそろそろ本気で走ろうとしたところに、後ろの嫌な気配が物凄い勢いで近づいてくる。
彼女はあわてた。
曰く、何のいじめだろう。

「おや、こんなところにもう1人」

その声に振り向けば、嫌な気配の元凶がレオリオを俵持ちにして立っていた。
嫌そうに顔をゆがめると、彼は面白そうに口元を吊り上げる。

「キミ、さっき"ブラッドウルフ"って言ってた子だね」

お前も盗み聞きしていた輩かと睨んでみれば、なにやら値踏みするように上から下まで見た後「うん」と自己満足したように頷いた。

「本物みたいだね」
「・・・だから、どうしたの」
「なんでもないよ。うん、キミは文句なく合格だね」

ありがたくない合格をもらってしまった―――・・・不合格をもらうより何ぼかましだが。
微妙な顔をしていたんだろう、彼はクツクツと喉を震わせた。
彼はそのままレオリオを担ぎなおし「コレがなかったらヤッてたんだけど」なんて不穏な言葉を残し、彼女には何もしないまま横を通り過ぎていく。
彼の気配はわかりやすくていいが、あまり近づきたくない。――ほんと、疲れるなぁこの試験・・・。
彼女は本日何回目かのため息をついた。


















どうしてこんなに乾くのだろうかと、男はその暗い瞳で飛び散る赤を見つめた。
手の平に伝わる人の熱と鼓動に酔いしれようとするのだが、これではないと頭のどこかで声がする。
欲してやまない美術品をいくら盗っても、めずらしい古書を手にしても、その渇きは癒されない。
適当な女を捕まえて快楽に酔いしれてみるのだが、こんなものでは満足できないと嘆く声が聞こえた。

何かが足りない、何かが欲しい。

なのに、その何かが何なのかまったくわからない。

男は途方にくれた。
こんなことは初めてだった。
いつだって自分は満たされていなかったが、何が欲しいのか判らないなんてことは今まで生きてきた中で一度も無かった。
・・・そう、あの女にあってからだ。
もうすっかり興味がなくなってしまったあの紅い狼を連れた女。
アレに会ってから、わからなくなってしまった。

そういえば、と男はなぜ彼女を捕まえていないのか疑問に思った。
いつだって興味のあったものは盗ってきて飽きるまで鑑賞したというのに。
彼女には突然興味がなくなってしまった。
理由は・・・――理由は思い当たらない。
彼女は強い。1度ならず2度までも自分に膝を折らせたのだから。
では何故、興味が無いのか。
何故彼女を手に入れないのか。
こんなに欲しいのに。―――・・・欲しい?

そこまできて彼はその漆黒の瞳を見開き、めずらしく「ハハ」と声を出して笑った。
簡単なことだった。
自分は興味がないといいながら欲していたのだ、彼女を。
だから乾いた。それだけのことだ。

彼は開いたままで読んでいなかった本を閉じ、今この場にいる団員全員にいきなり宣言した。

「"ブラッドウルフ"を捕まえる。手伝うやつは来い」

もちろんその場に居合わせてシャルナークとパクノダは、やれやれという風に方をすくめて彼の後を追うのだった。

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