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普段どおりのいつもの風紀の見回りで、普段どおりじゃない、いつもとは違う光景を狭くて汚い廃ビルの路地で見つけた。
最初は、先日珍しく降った雪がまだ残っているのかとおもった。
こんなに狭くて汚い路地裏なのに、よくもまあこんなにきれいに残ったものだとおもって近づいて、それが雪ではなく人間の髪だと気がついた。
真っ白なのに、艶のあるそれは紛れもない人間の頭髪。
肩口で無残にもばらばらに切られているのでなければ、その美しさは一入だっただろう。
次いで気がついたのは、対照的などす黒い赤。臭いだけでわかる。これは血だ。
薄暗く、しかも雑然とした路地裏のせいでその量がどれぐらいかなんて検討はつかない。
つかないが、明らかに多量出血だった。
このままでは妙な変死体の出来上がりである。
「・・・ねぇ」
いつもなら、普段どおりなら、きっと僕は声をかけない。
誰が死のうが生きようが、まったく持って関係ないからだ。
それが並盛の人間であるというなら話は別かもしれないが、この顔を一度だって並盛で見たことはなかったし第一この髪の色、一度見たらきっと忘れられないはずだ。
だからこの血濡れで横たわっている真っ白な髪の人間は、並盛の人間じゃない。
けれど、声をかけたのは。
・・・かけたのは、なんでだろう、気まぐれかな。
その気まぐれでかけた僕の声に、真っ白な髪の人間は反応してくれない。
まぁ、もしかしたらもうすでに事切れているのかもしれないけれど。
「ねぇ」
少しやけになって、強く声をかけた・・・―――瞬間、その硬く閉ざされていたまぶた(それを縁取る睫まで白かった)が勢いよくカッと開かれた。
真っ赤な、血よりも赤くそれでいてどこまでも澄んでいる、どこか鉱物を思わせる瞳。
これまでのなかなかにして短いであろう人生の中で、僕は一度だって"息を呑む"ほどに驚いたことはなかった。
なかったと過去形なのは、この真っ赤な瞳に、思わず息を呑んでしまったから。
それほどまでに美しいとしか言いようのない、ただただ硬質的に赤い瞳。
どんな宝石よりも透き通っていて、どんな鉱石よりも冷たく硬そうな、瞳。
その瞳が一瞬困惑に揺れてから、強い警戒を示した。
ついで彼女は立ち上がる。
「・・・ワォ、動けるんだ」
「っ!」
気丈にも僕を睨み付けるその真っ赤な瞳に、内心感嘆の息を漏らした。
なんと美しく、そして寒々しい色をしているのだろう。
どこまでも澄んでいるその瞳はけれど、警戒の色が強く今にも逃げ出してしまいそうだ。
―――・・・僕から、逃げれるとおもうの? それに
「この血の量、普通なら死んでるよね」
「・・・」
「・・・なんで生きてるの?」
僕の質問に、彼女は少しだけ瞠目して閉口した。
何かを考えるそぶりはあるものの、どうやら質問に答える気はないらしい。
・・・というか、どちらかというと僕からの質問で自分でも疑問に思ってそこから思考とんじゃってる感じ。
少しイラッとしたのは致し方ないことだとおもう。
「ねぇ、ちょっと、聞いてる?」
「・・・あ、たし・・・はダレ、だ?」
要領を得ない彼女の声は、震えていた。
どういう意味だと問おうとして伸ばした僕の手はしかし、空を切る。
彼女はまるでそれが限界だというようにひざから崩れ落ちて、その赤い瞳も閉ざされた。
「・・・」
普段なら、このまま見捨てる。
誰が死のうが生きようが、僕には関係のないことだから。
「・・・」
僕はこれ見よがしにため息を僕自身についてから、彼女に伸ばしかけた手をさらに伸ばして、彼女を抱き上げた。
記憶喪失、なんて物語の中だけの話かと思っていたのに。
目の前で軽く温めた牛乳をちびちびと飲む少女は、あそこにたどり着くまでの記憶がないという。
最初はふざけているのかとも思ったけれど、真っ赤で硬質的な瞳は嘘をついていなかった。
ただ、どうやら何かから彼女は逃げている途中であるらしい。
その何かはわからないとのことだったが。
「・・・自分の名前も、わかんないの?」
「・・・」
その沈黙は肯定だった。
彼女はうつむき、紺色のマグカップを軽く握りこむ。・・・その、右手首に、鈍く光るものを見つけた。
「腕輪?」
「あ・・・外れないの、これ」
「ふぅん・・・」
彼女は特に変わった服を着ているわけでもなければ、大きな荷物があったわけでもなかった。
本当に身一つで、血だらけで転がっていた。
だとすればこの自称外れない腕輪に何か、彼女を示す鍵があるのかもしれない。
マグカップを握りこんでいた右手をとって、その鈍く銀に輝く手首に埋め込まれているんじゃないかってぐらい密接した腕輪をしげしげとみつめてみる。
・・・と、密接している部分にアルファベットらしきものを見つけた。
「・・・Al・・・ba・Albi、c・・・are・・・アル、バ・・・アルビ・・・アルバ・アルビカーレ?」
「・・・」
彼女の名前かとおもい声を上げて呼んでみたが、見つめ返してくる真っ赤な瞳は困惑の色が強い。
名前ではないのか・・・。
もしくは、彼女の名前ではあるが、その名前に違和感を覚えるほどに記憶が混乱している、とか。
後考えられるとするなら、その名前を思い出したくなくて記憶をなくしている、というところだろうか。
すべて憶測に過ぎないが、この文字が何らかの形で彼女に関係しているはずだ。
にもかかわらずわからないということは、これは思い出したくない部類なのであろう。
それにしても、名前がないというのは不便極まりない。
「・・・じゃあ、で」
「え」
キョトンと見つめてくる赤い瞳に、薄く笑う。
白い髪に赤い目。兎みたいだ。
弱い草食動物は嫌いだけど、小さな小動物は嫌いじゃない。
「君の名前」
「・・・」
薄い反応に少しムッとして「僕のつける名前は不満?」とさらに続けた。
彼女はいまだによく判っていないような顔をして。
「ううん・・・不満、じゃ、ない」
その言葉をかみ締めるように、彼女・・・は笑った。 |