指に絡んだ髪の感触も、耳を噛んだときの反応も、冗談をいうとはにかんだ様に笑う顔も。
まるっきり5年前のそれと一緒で、胸が締め付けられる思いだった。
楽しかったあの日々・・・それはもう二度とこないのではないかと思っていた。
―――・・・信じろと、アイツがいったから、俺は待つことができた。

「おい」
「はい」
「そういやお前ん家、両親と暮らしてんのか」

一番気になるところだった。
5年前のこいつは「今、家に帰ることができない」といった。
帰らないのではなくて、帰れないんだと。
両親はいるのかと聞いたこともあった。
いるけど、今はいないとか、変な答えが返ってきたのを覚えている。

「そーです。・・・が」
「が?」
「今日から1ヶ月私以外全員いなくって、短期間一人暮らしなんです」
「ほー?・・・あーもしかして、昼間のアレはそれか?」
「・・・まあ、そうです」

泣いてるんじゃないかとおもった。
あの小いさい背中が。
だから、思わず声をかけてしまったんだと思う。
本当はもうちょっと、だんだんと慣らした後でと思っていた。
失くさないように。失くしても、必ず戻ってくるように。
―――・・・俺なしではいられないように。

「おい糞小動物」
「なんすか・・・」
「今日泊まってけ」
「・・・」

大きい瞳がさらに大きく見開かれた。
同時に口もポカンと半開きになる。
思わず笑ってしまった。

「なんて顔してんだ。襲わねぇよテメェなんざ・・・それとも襲って欲しいのか?」

言えば真っ赤になって首をぶんぶん振りながら「めめめめめ滅相もございません」なんてのたまう。
そう、まだ襲わない。
俺は狼じゃない。・・・悪魔だからな。
理性ならおつりが来るほど持ち合わせているつもりだ。
そしてひとつ、ニヤリと笑ってみせる。

「んじゃキマリ」











*****












襲われなかったです。
大丈夫でした。―――・・・肉体的には。

精神的にやばかった!やばかったよ!
だってお風呂上りのヒル魔さんだよ!どうしたらいいの!
髪とかへたってるし、真っ白い肌がちょっとピンク色になってて色っぽかったりとか。
ていうか私そんなヒル魔さんに「添い寝させてやろうか?」とか言われたんですよ!?
正気を保っていられた私を誰か褒めて!惜しみない絶賛をプリーズ!!

「あー・・・朝飯テキトーでいいか?」
「・・・っ!!!」

てかあんた朝シャンもするんですか、きれい好きだな!
え、てか何、なん、ちょっまた上半身裸で出てくる!
いい加減自覚して、男の子!
―――・・・と、いうのが顔に出ていたのか金色の悪魔さんはニヤリと笑って「テキトーにつくるぞ」と台所に消えていった。

やっぱり罠だよ罠。誰のかは知らないが陰謀か何かだ。
だっておかしいよ、どう考えても。
なんで"あの"ヒル魔さんが、こんなへちゃむくれの私なんかにあんな、あんな・・・――――。

「・・・〜〜〜〜〜っ!!!」

夢だ。
そう、夢に違いないです。
きっともうすぐお母さんが「!いいかげんおきなさい!」って部屋に怒鳴り込んでくるにちがいないんだ。
だって、そうじゃなきゃおかしいもんこんなの。

「おい」
「っ・・・ハイ」

台所からヒョイっと顔をのぞかせたヒル魔によって現実に戻された。
いや、現実かどうかは定かじゃないけど。

「ちんたらしてねーでさっさと箸用意しろ」
―――・・・ほら、さっさとお箸用意して
「・・・はーい」

さっきのどぎまぎした気持ちが、その一言で一変した。
何でかって、そんなたいしたことではないけど、言い方がお母さんと似てたので。
軽く笑って適当にマグカップに挿してある箸を2膳選んで食卓に並べる。
ついでにどうやらスクランブルエッグらしいので、少し大きめのお皿を出してシンクの小脇に置き
ふと、三角コーナーにジャガイモの皮が捨ててあるのを見つけた。

―――・・・あれ?

おかしい。
昨日粉吹き芋にしたジャガイモの皮は、夕べのうちに生ごみとして別の袋に入れたはず。
じゃあ、これは新しくヒル魔が剥いたんだろうか。
チラッとシンクの中のおけを見れば、卸し金が張った水にぷかぷかと浮いている。
・・・ちょっとまった。

「・・・あの」
「あん?」

ヒル魔が器用にフライパンを動かして、卵焼きを作っている。
そう、この香り。これは・・・。

「ヒル魔さんのお家の卵焼きも・・・ジャガイモを摩り下ろしたのを入れるんですか・・・?」

そう、この摩り下ろしジャガイモ入り卵焼きは、祖母直伝のありそうでない卵焼きだ。
調味料は"味の素""めんつゆ""しょうゆ"これを適度にあわせて純和風の甘くない卵焼きにする。
なんでこれが編み出されたかって、父親のジャガイモ嫌いが発端なそうだが。

「・・・?何いってんだお前、こ・・・」

そこでピタッと。ほんとにピタッとヒル魔の動きが止まった。
フライパンからはジュウゥ・・・とおいしそうな音がしている。
明らかに不自然にとまった彼をしたから覗き込むと、ニヤッと笑われた。
ヒイイ!!いきなりそんなデビルスマイル全開にしないで!!

「知りたいか?」
「いやいやいやいやいやいや、犯罪の香りがそこはかとなくするので遠慮シマス!」
「そうだろうな」

うんうん、と彼はわざとらしくうなづいて見せてさっき私が用意したお皿に卵を盛り付けた。
とてもすごく、私の家の香りのする卵焼きだ。

「おら、とっととくって朝練いくぞ!」
「は、はいっ」

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