あの路地で拾われて、もうじき1年になる。
最初こそ何事にも警戒していたが、この地は本当に平和・・・警戒するのすら億劫になるほどに、平和だ。
平和、と一口に言っても、治安がいいというわけではない。
平和を維持しているのは暴君と名高いこの家の宿主であって、その暴君が暴力で君臨しているわけであるから表上は治安がいいといえるかもしれないが・・・。
この平和はある意味、多くの犠牲者によって成り立っているものと考えていいかもしれない。(まあ、王国というものはえてしてそういうものだというのが、定石だ)
ただ、彼は彼でこの町(と、その学校)を痛く気に入り、愛していた。
だから不審者あらば何を置いても飛んでいくし、毎日見回りもする。
彼の側近である草壁はなかなかに気立てのいい人で(顔は怖いが)やさしいし、少しでも恩(といったら恭弥はすごく不満気な顔をして「だから変死体がいやだっただけ」というのだけど。恩というのは助けてもらった本人が感じるものであるから、仕方ない)が返せればとおもって自主的にはじめた郊外の見回りにも、恭弥と草壁は承諾してくれた。(でも、ほかの風紀委員の人たちは薄気味悪い目で見てきたり、珍妙なものを見る目でみてきたりするから、実はそんなに好きじゃない)

そういやって、1年をこの町で過ごしてきた。
問題がなかったわけではないけれど、ここはとても・・・―――とても、居心地がいい。





















雪が降りそうな天気だなとおもって、家に帰ろうとした。
家・・・そう、家。帰るべき場所。
いつからそう思えるようになったのかな、と考えてまあどうでもいいかな、と思考を戻したその瞬間、顔をしかめた。
空気に混じって、鉄錆びの臭いがする。
そういえばこの近くは特に治安が悪いんだと、この前草壁に教えてもらったばかりだった。

―――・・・やらなきゃいいのに。

この町で争いごとなんて。
恭弥に見つかったら「なに群れてるの」なんていわれて(やってるほうはもちろん、やられてるほうも)噛み殺されてしまうのに。
ふっと視線をそらして路地へと足を向ける。
血の臭いはこっちから。
そして奥へ行くごとに何らかの打撃音と、うめき声が聞こえてきた。

―――・・・あーあ。

体格的には高校生。1人を6人でボコボコにしていた。

「・・・なに、むれてんの?」

思わず恭弥のまねをしていってみたら、思いのほか彼らはビクッと肩を揺らして(この辺はやはり恐怖政治が行き届いている証拠だとおもう)こちらをソロリと振り返り、声を発したのが恭弥じゃないとわかるや否やあからさまにホッとしてから「んだよてめぇ!」だとか「カンケーねぇ奴はかえれよ」だの、けんか腰もいいところだ。
ちょっとカチンときて、スッと攻撃態勢に入る。

「群れてるのは、撲滅対象だって、いってたからね」

悪く思わないでね、と口の中でつぶやいてから、コンクリートを蹴った。















先ずは一番手前にいた、一番近い奴から。
いまだに唖然としている彼ら(きっと状況が飲み込めてないんだ。かわいそうに)をいいことに、軽く足を払って体勢が崩れたところに、みぞおちを狙った肘鉄を一発。短い悲鳴を聞きながら次の標的に足の向きを変更した。
それと同時に彼らもどうやらやっと状況が飲み込めたらしく「おい!」だの「やれっ!」だの「なめやがって!」だの、ありきたりもいいところな罵声をわめきながらこちらへ向かってくる。
けれど、もう遅い。
2人目はそのこぶしが振りかぶられる前に後ろへ回り込んで手刀を落とし、3人目はこぶしが振りかぶられた後真横に移動してみぞおちに膝蹴りを一発。
4人目はどこから持ち出したのかわからないが鉄パイプを我武者羅にふるってきた・・・が、鉄パイプって我武者羅に扱うと自滅するんだよね。ほら、地面コンクリートだからぶつけたら手に響いちゃった。しかも顔面、がら空き。

「ガッ!!」
「・・・っ女のくせに!!」
「それって差別用語? よくな」

いんじゃないかな、と続けようとした言葉は、5人目と6人目の男が取り出し振るってきたナイフによって飲み込みざるを得なかった。
間一髪かわした、その冷たく光るナイフ。
高鳴った鼓動を深呼吸で落ち着かせてじっと相手を見つめる。

「で、その女なんかに刃物なんだ」
「るせぇ! 風紀がなんだ!くそ食らえだ!!」
「下品だね」

せせら笑って挑発すれば、男はカッと顔を赤らめてから猪突猛進に突っ込んできた。
うん、いいね。
思わず笑ってしまった。・・・まっすぐは、よけやすくて、いい。
刃物をいなして首に手刀を打ち込む。
5人目の男は悲鳴を上げず倒れこみ、6人目は何もされていないのに悲鳴を上げて逃げた。

「・・・」

逃げるぐらいなら、刃物なんて出さなきゃいいのに。
と、考えて6人にリンチされていた男を振り返り、目を見開いた。
最初に倒した男が、いない。

「どこに」



ガシャンッ!!



「―――っ!!」

その音に振り向かなければよかったと思ったが、遅かった。
最初に倒したはずの男が(どうやらみぞおちに入ってなかったようだ、残念)転がっていたガラス瓶を割り、そのかけらを目潰し代わりということなのか、私に向かって投げつけた。
私が男の思惑通りに目をつぶった一瞬を逃すまいと、男が距離をつめる。

―――・・・っく

「死ねェッ!!!」

ヒュッと拳が空を切る音がして、思わず反射的に"いつもの要領で"それを"出現させた"。

「【聖斧―ミョルニール―】!!」

現れたのは巨大な十字架を模した斧。
しっくりと手になじむそれで男の拳を受け止めてから、その斧で男をなぎ払った。
ドゴッというたたきつけられる音と、メキョッという何かが拉げる音と、男のうめき声を聞きながら静かに目を開ける。
手にした巨大な斧。
"いつもの要領"で"出現させた"斧。

「・・・」





―――・・・これは、なんだ。





こんなもの、しらない。
なぜ、こんなことができる?
なぜ、どうし・・・。

「・・・ばっ」

新たな声に、振り返った。
6人にリンチされていた男がワナワナと切れて赤く濡れた唇を震わせて、その口を開く。






―――・・・ちがう、やめて・・・いわないでっ!!


















「ばけもの!!!」