「・・・」

薄い光に身じろいで、瞼を押し上げた。
月明かりが差し込む薄暗い部屋に人の気配はない。
真っ白なベッドを見る限りは、どこかの病院だ。私が病院に行きたくないことを恭弥は知っているから、よっぽどのことがない限り搬送するはずない。ということは、よっぽどのことがあったのか・・・もしくは、恭弥ではなく、誰か違う人物がここに私を運んだか・・・。


・・・あれから、どうなったんだろう。


チクリと首の後ろが痛んだ気がした。

「おきたか」
「・・・っ」

人の気配はないと思っていたのに!
しかし声のしたほうを向いても、人影はない。・・・どこだ!?

「そう警戒するな・・・ここだぞ」

ふっと、視線を下にずらす。
黒い帽子に黒いスーツ(たぶんオーダーメイドだろう。サイズ的に)をまとった赤ん坊が、ニッとその小さな唇を吊り上げてこちらを注意深く観察していた。

「ヒバリがずいぶん心配していた」
「・・・」
「体調がいいなら、明後日までには退院できるぞ。よかったな」

この赤ん坊はたしか、一度見たことがある。
そう、あの死体が出た(しかもその死体は忽然と姿を消したから、もう処理係の風紀はいらないと断りがあった)家にいた恭弥の"お気に入り"の赤ん坊だ。
そして・・・そう、記憶の戻った今だからわかる。
この黄色に輝くおしゃぶりは。

「アルコバレーノ・・・」
「・・・」

私のつぶやきに、黄色のアルコバレーノは答えない。
じっと見つめてくるそのつぶらな瞳は深い深い闇を抱えていて、その奥の色は見えなかった。

「・・・お前は」

黄色のアルコバレーノは表情を読ませない顔で、ゆっくりと口を動かす。

「お前は、何なんだ」

それは、ただただ漠然とした問いかけ。
私は口元だけをゆがませて笑った。




だって、そんなのは私が知りたくて、知りたくもない事。




私は恭弥に拾われた、小さな小さな兎で居たかった。
けれども、あの忌々しい青と赤の狂気のせいで掘り起こされてしまった記憶たちが、それを許しはしないだろう。

「なぜ、アルコバレーノでないお前を前にして、俺のおしゃぶりが光る」
「・・・それは私が、そのおしゃぶりの核となった石を、網膜に移植されているから」

その、深い深い闇を抱いた黄色のアルコバレーノのつぶらな瞳が、大きく大きく見開いて、私を凝視した。

「そんな・・・まさか[ユミルの心臓]を!?」
「・・・成功するとは、移植した当の本人たちも思ってなかったのよ」
「どこだ・・・どこのファミリーだ!!そんな非人道的な・・・」

そこまできて黄色のアルコバレーノはハッとしたように私をみて「まさか」と口の中でつぶやいてから再度私をじっと見つめる。観察しているような、値踏みしているような視線に私は居心地の悪さを覚えて少しばかり息を吐いた。

「お察しのとおり、エストラーネオよ」
「じゃあ骸は」
「あれにも[ユミルの心臓]は埋め込まれたけれど、彼のもともとの力を解放することでその役目を終えたらしいわ。・・・そう、本人に聞いた」

そういえばあの青と赤の狂気の彼は、どうしたのだろうか。
おいそれと死ぬようなタマではないが、仮にも一般人を襲った彼らの罪は重い。
というか、彼らはイタリアの牢獄の中にいるはずなのになんで日本にいたんだか・・・脱獄でもしたんだろうか。

「・・・じゃあお前が"Neve・Uscente"なのか」

突然つぶやかれた彼の弱弱しい言葉はしかし、確信と困惑とが入り混じっている。
彼もきっと、いや"彼"だから認めたくないのだろう。

「またずいぶん、懐かしい名前を出してきたわね"Sole・Palingenetico"」

その言葉に身を硬くした彼に「でも」と否定の言葉を吐いた。

「今の私は""よ。今のあなたが、違う名前を持つように」

かみ締めた言葉の味は、ほのかに苦く、苦笑しかできなかったけれど。





























「恭弥」

黄色のアルコバレーノ――リボーンと話をした翌朝。
恭弥が着替えを持って迎えに来てくれた。
どうやらここは並盛中央病院の例のあの部屋(以前恭弥が肺炎を引き起こした際、入院した部屋)だったらしい。
最初はどうやらリボーン(というよりはボンゴレファミリー)の息のかかった病院に入院していたらしいが、先に目覚めた恭弥がわざわざここに転院させてくれたんだと、2回目のお見舞い(は、ちゃんと昼間にきた)にきてくれたリボーンにきいた。
確かにここならば恭弥の息がかかっているし、何より恭弥の自宅マンションからそう遠くない位置にある。
何かあったらすぐ駆けつけてくれるように配慮してくれたらしいが・・・まったく、用意周到というか、なんというか。
自分もまだ完治してないはずなのに・・・って、あ。

「そういえば・・・恭弥、骨折したんでしょ? 普段」
「もう治った」
「・・・」

「普段の生活とか大丈夫?支障ない?」と健気にも心配して(というか、もう母親の心境に近い心配の仕方だなぁ。いくら家事全般ができるからって、けが人だし。骨折だし)解毒すんでるし、身体的には健康なんだから退院しようかな、と思っていたのに。
もう?
もう治った?
包帯が見え隠れしてるのに、もう治っただと?

「・・・何その顔」
「・・・イーエ、ナンデモアリマセン」

あれ、なんか前にもこんな会話しなかったっけ?デジャヴ?
はぁ、とため息をひとつついてから「ねぇ」と目の前でちょっと剥れている(くそ、かわいいな)恭弥に口をひらいた。

「前、私言ったよね"わかったら、ちゃんと言うからね"って」
「・・・うん」

あの巨大な斧・・・―――【聖斧―ミョルニール―】のこと。
誰に追われているのか。
どうして追われているのか。
・・・私は、ダレなのか。

「・・・あのね、私」
「僕も」

意を決した私の言葉をさえぎって、彼は私と視線を合わせた。
絡み合う真っ黒な瞳と真っ赤な瞳。

「僕も前にいったね。君は僕の兎だって」
「・・・うん、いった」
「ずっと、傍にいてって」
「・・・」

いわれた言葉に私は瞠目して、キュッと唇をかみ締めた。
このことを話しても、あなたはそういってくれるのか。
この見つめてくる真っ黒な瞳の色は、変わらないでいてくれるのか。

怖い。

わからない。変わらないなんて保障も確証もない。

「・・・何か勘違いしてないかい」
「え」

瞬間、視界に入った黒い髪と彼の匂いに驚いて胸が高鳴る。
背中に回された腕の温度が、暖かい。

「僕は君が"ダレ"だってかまわない。君は君だから」

ああ・・・―――。
彼の体温に、瞼を下ろした。

「君の名前が""でなくなっても、君は君で・・・僕の兎なんだよ」

ああ・・・―――。
彼の背中に、腕を回した。

「だから、無理に君の過去を話さなくてもいい。君は今の君であればいい」

この人は・・・―――。

「君は、僕の愛した小さな小さな兎なんだから」

何で、今一番ほしい言葉をくれるんだろう。

「・・・恭弥、大丈夫」

そして、この人もきっと、私と同じ不安を抱えてる。

「私はいなくなったりしないから」

恭弥の心臓の音が、少しだけ早いのは、きっと不安だから。

「人に慣れた兎はね、一人じゃ生きていけないんだよ。寂しくて、死んじゃうから」

私は本当の兎じゃないけど、と少し笑って恭弥の胸から顔を離して、彼を見上げた。
間近に見える真っ黒な瞳をまっすぐに見つけて「だからこそ」と言葉をつむぐ。

「あなたには、聞いてほしい恭弥・・・私の、過去を」

瞬間恭弥の顔が笑って彼は「うん」とつぶやいてから、私の目じりに唇を落とした。









すべては、愛しくも小さき兎−キミ−のために。







<黒曜編>完




私の過去を〜・・・とかいっといて、過去の話はありません。
次回からはヴァリアーです。(アッレェ!?)
彼女の過去はいろいろな偶然と悲劇が重なってそれはもうドロドロなので、<過去編>とひとつにまとめると、なんかものすごく読むのがつらくなってしかも書くのもつらいので、本編に織り交ぜていく予定なのです・・・。未来編でちゃんと明らかになるはずなので今しばし彼女の謎をお楽しみくださいませ。(ただし、どうやら雲雀さんは彼女の口から過去話をきいたようなので、それが今後にどう影響するかですねぇ、フフフ)
・・・それにしても、ツナ視点になるとギャグにしかならないのはなんでだ!!(書いてるほうはすごい楽しいけど!やっぱりツナ好きだ!)